2011-01-01から1年間の記事一覧

詩(11)

夢みる眼 今は ぶあつい氷河のクレパスに呑まれるのか 君は 脱ぎきれない夢の続きのように 古生竜の巨眼をすべる 旅人の小さな影のように 落ちる 青白く反転しながら落ちる 見果てぬ夢想 ついに価値なき詩章の鋭い尾ひいて だが 明るむ山脈のむこう 朝風には…

詩(10)

海の時間 風が僕をなぶろうと そっと海から吹いてくる あれはきっと 南海で死んだ兄たちが たしなめようとしているのさと ゆっくり僕は反すうする 太陽が雲間に輝いているので 兄たちの横顔はシルエットでしかないが それでも 日増しに募る思いが 虚無の海を…

詩(9)

彼 最も親しい者 清らかな者 一度も会ったことはないが 僕が生きているこの場所の ちょうど裏側に いつもぴったり寄り添っている 一度も会ったことはないが 深い空間から 絶えず微かな信号で呼びかける 森閑とした夜の街を僕が歩く時 もう一つの同じ街で 彼…

詩(8)

アメリカ・バイソン あいつに出会ったのは 三角形したあるさびれた村 短い首に巻いた赤いタイ 毛むくじゃらの体はみるから獰猛 あいつは道の真ん中で アルコールくさい息を吐きながら眠っていた そのふてぶてしさ! その見事な醜さ! 俺はしばらく息を詰めて…

詩(7)

追 憶 例の奇妙な鳥がやってきたら 尋ねよう 昔去ったあの人のこと ここでいつからか 私は仕事に追われてる 手は鉛のように重くなり そのうち地面に届くだろう いったい ここはどこなのか 誰かの墓標の上で あの鳥が鳴いている 長いくちばし しわがれた頬 笑…

詩(6)

花 火 花火があがると 口の中が明るくなる 娘は浴衣で 男の暗いシルエットに触る 広場の片隅でしゃくった金魚 その眼は大きかった 黙っているとふくれだし ものを言えば沈んだ 家へ帰った娘は ひとりじっとしゃがんでいる - 夕 暮 夕暮れのなかで 沢山の人の…

詩(5)

憂 悶 眼をあけると おまえの黒い目が私を見詰めていた 乳房の谷間から 青い空が見える 高い空を きれいな草花や 小鳥たちが飛んでいた 風に混じって みんな忙しげに歌いながら 手を伸ばして おまえの黒い髪に触ろうとした 寒いわと おまえは身を震わせる そ…

詩(4)

小さな影 庭の木に 白いものがかかっている 春の朝 眺めている遠方の空から おおい おおい 死んだ妹が呼んでいる 白い雲が下の方に垂れ下がって その下から歩いてくる 小さな影が呼んでいるのだ 私は黙ったまま 机に頬杖をついてその声を聞いている 井 戸 庭…

詩(3)

僕と一緒の月 僕は寝床にありながら 顔の近くの月を感じる それは黄色くて明るく そして静かな光環である 僕は彼に額を近づけ 温めようとする と−−彼は逃げる 煙のようなかすかな光芒を後に引き しかも身は隠れて笑いだす ああもう僕はめくら その笑い声 ま…

詩(2)

ある春の日 金色の塵介で 埋まった道を歩いていくと 足元から雲が湧き つぎつぎと湧き たちまちのうちに 薄く白いものが 僕の全体を包んでしまった 陽は臆病そうに 空の奥に引っ込み 鈍い光を放つ池は 動きもしない 退屈な僕は 池のこっちで 思い切り大きな…

詩(1)

陰 画 これは故郷が わたしにみせかけた 死んだ山だ 見てごらん 小人が一人 むっくりと立っている - 母 実のところ 弁解すべきだった それを こともあろうに ピンで油虫をつきさし 母の前に突きだした 笑うことが このように 無惨なものであろうとは…… 母は…

倦怠(下)

いつのまにか迷ってしまったらしい。今まで歩いてきた道は急にせまくなり、私のまわりには、 夜眼に白い葉うらを舌のように動かして、ただ一面の菖蒲の原がひろがっていた。街のあかりはも う見えず、なまぬるい風が無数の蛙の鳴き声を運んでいた。 その時足…

倦怠(上)

いつのまにか、あちこちに現れたうす茶色の明るい斑が、みるみる白い地をうずめて拡がり、い っとき激しく息づいて変化する。やがてその波がおさまると、また次第に収縮し、いつか嘘のよう に消える。 たえまなく動きまわる光の影のように、とくに定まった形…

鬼はそと福はうち

鬼は外(ほ)きや 福は内、福は内 寿老人じんけんのすけ 毘沙門天の悪魔ばらい えびす三郎左工門どのが 金の釣竿五色の糸で 鯛のべえべえ釣りあげた このわらべ唄は、佐賀の子どもたちが七福神に扮して、一月七日の夜家々を廻りながら唱えたものだそうです。…

ピストルと自転車

「一体何時になったら景気は建て直るか、屠蘇に酔ふ者も忘られぬ問題、商人は泣き売りの惨状」、昭和六年一月六日付の佐賀新聞の見出しである。 大正期以来の不況の波をうけ、すでに佐賀東部の神埼銀行が、ついで九州五大銀行の一つ古賀銀行も休業にはいり、…

ふなとはしくい

子供のころから一人ぼんやり過ごしがちだった私は、よく鮒釣りをしていた。家の裏がすぐ深い堀になっていたこともあって、ごみ溜めをあさり、みみずを見付けて釣糸を垂れるには、何の雑作もいらないことだった。 冬の朝、まだもやの立ちこめる水面の浮標をじ…

糸と石炭

佐賀市内のなかほど、松原川の清流のそばに、楠の大木にかこまれた松原神社がある。この神社は、藩祖鍋島直茂公を祭神として、安永元年(一七七二)に建立されたものだが、今でも佐賀市民からは、日峯さん(直茂の法号)と呼ばれて親しまれている社である。 …

洋学と大砲

明治という時代は、江戸末期の黒船以後の動乱の時に生きた人たちが生みだした時代である。 当佐賀でいえば、藩主鍋島直正、直大をはじめとして、大隈重信、江藤新平、蘭学者の伊東玄朴、佐野常民などの先覚者がそれにあたる人たちである。 佐賀はもともと旧…

のりとIC

佐賀といえば、たいていの人は頭をかしげる。ひところテレビドラマの「おしん」や山本常長の「葉がくれ」などで話題になりはしたものの、どうも位置的に印象のはっきりしない場所のようである。佐賀へ行くためには、博多か鳥栖で長崎本線に乗り換えねばなら…

黒いマント(後)

〈おまえはただ、あの車をとめればよかったのだ〉 その時、地から湧きでるような声が部屋一杯に響き渡った。 〈おまえのしなければならぬことは、たったそれだけだった〉 この声だ。と私は考える。兄の部屋で聞えたあの時の声。 〈待ってくれ!俺は違うんだ…

黒いマント(前)

何かものを眺めるとき、たいていいつも、その眺めている視点のことも一緒に考えてしまう―― これは、私の永い習慣になっていた。そんなことをしてなんになるのか考えてみたこともない。た だ自然とそうなってしまうのだ。眺めているのが私ならば、その私を見…

鷲の城(下)

眼が覚めると爽快な気分だった。あらためて昨夜のことを思いだして窓を見たが、そこには清ら かな朝日が射しこんでいるばかりで、なめくじたちは影も形もなかった。すぐ外に「希望ホテル」 と書かれた四角な塔が立っていたが、そのテッペンには小さな蛇が日…

鷲の城(上)

君には信じられないかも知れないけど、僕はこの三日の間あの山の中にいたんだよ。ここから見 ればただ白い雪に埋もれているあそこには、ここにいる誰も知らない街がある。 いかにも行いすました様子で下宿の籐椅子から窓の外へ眼をやっているのは、私の古く…

セレーネーの馬

俺は、この街のはずれに十年住んでいる。 がらくたの寄せ集めみたいな処で、どこといってとりえはない。曲りくねった暗い小路の両側に は倒れかかった軒並が続き、ペンペン草の生えた瓦屋根の上では、雀がしたり顔に跳びはねている。 この地方の自治体の職員…

鳥の翼

いったい私はどうしたのだろう。その時ほど私自身を無力なものに感じたことはない。私には考 える力もない。話す力もない。そしてただ地虫のように這っていたのだ。それが生きている唯一の 証拠のように――。 足がだるかった。手も腰も鉛のように重たい。時折…

物体(6)

私の傍らには、黒々と楼門が聳えたっており、はるか下に、うす白く流れているものがある。ひ どい霧のためによくは見えないが、それは一筋の河のようである。下の方から吹き上げて来る風が、 何やら生臭い匂いを運んでいる。それとともに、多数の人間のどよ…

物体(5)

私はしばらく気を失っていたらしい。さっきから、かなり遠くの方から聞えてくる、カチリカチ リという規則音が、いやに耳障りであったが――気がつくと、うっすらとした灰色の光が私のまわ りに漂い、私自身は、何やらゴタゴタとうず高く積まれたものの間に、…

物体(4)

第3部の事があってから、私はしばらく病床についていた。どこといって、別にはっきりした症 状はないのだが、何か体中の細胞が、それぞれの場所で目まぐるしく廻転しているような感じがし て、時々、わけもなく手足がぎゅっとひきつけるのだった。様々な想…