2013-01-01から1年間の記事一覧

ためいき

ひたいによった十本の深い横じわ、薄くひろがった眉毛。円い、こちら を見いる笑ったような眼。眼の上の三日月型のくぼみ、眼の下のたるみ油 気のないびんがすこしほつれ、細くて小づくりの鼻の両脇から、意志的な 二本の刻線が頬を割って柔かい上唇のはしを…

詩(海)

ぼくは 波の上に光る珠を捉まえようと 赤い海に船出する 波の中からさまざまの怪物が現れて 行く手をさえぎる 海底三万哩の大鮹や エイハブ船長の白鯨 なかでも海一面にぬめぬめ広がる 赤い水母の群れは恐ろしい 進もうとするたびに 船の切っ先は何度も押し…

詩(蛙)

田植えが済んだ田圃では げろっく げろっく 夜どおし蛙が鳴いている あたり一帯に たなびく白いもや 水中でやんわり広げた 長い手足が ぴくりと縮む しゅっしゅっと 畦草を分けるかすかな音がして 通り過ぎていく 濡れた黒い帯 蛙はあわてて 水底へー 立ち上…

詩(時間)

テレビの中で 刑事が上司に云った 私に時間を下さい ベッドの上で 彼は云った 私にはもう時間がない 刑事には 犯人を追い詰める時間が要り 病の彼には 仕事を完成する時間が必要だ ともに 過ぎていく時間への思いが 心を焦がすのに せっかちな時間は 舌を出…

詩(青蛙)

雨の日は のど震わせて 鳴きしきる雨蛙も かんかん照りの日は 声もなく 日陰の葉に張り付いて まったく動かない 枝を揺すっても 飾り物の緑の陶器のように どこ吹く風 指で突くと せっかく寝てたのにと いやいや動いて ぽとりと地面に落ちる その様子 まるで…

詩(船着場)

いつのまにか 二人だけになっていた どこか迷路じみた 故郷の田舎 曲がりくねった あぜ道を辿り 狭い江湖を舟で遡っていくと 岸の葦がさらさらこすれ おまえは絶えず笑っていた (あれはいつのことだったか?) 舟着き場につくと 道端に並ぶ黒い影 ー目鼻の…

詩(虹)

霧雨が野づらを濡らしてる ぼんやりと明るい空だ 男は夢見るように歩いている いつからか 大きくて黄色い蝶が 上空で羽ばたいている それはまるで 迷っている魂のよう その柔らかい羽音は 男の頭上を離れない 夢を吸い取るように 虹が浮かんだ ゆっくりと 日…

詩(かもめ)

かもめ 喫水線を舞い降りる 鳥の群れを たえず洗い続けてきた 柔波の ふくらむ確信にちかく あれらは実体から 時間の壁をつきすすむ灰色の影なのだ 海鳴りのこだまの間に 刻まれた陰画 飛翼の軌跡 夕陽の残痕 その中に かすかに震えるひびきを聴く 遠いもの…

詩(便り)

この速い流れに 釣糸を投げていた 幼い君らと ここで過ごした夏が まだ昨日のことのように思えるのに あれから別の大人になり それぞれの方向に歩んでいった 僕たちの あの頃の笑顔も あれこれの話も ふたたび話題になることもなく いつか 忘れられてしまう…

空白弁解

勇敢にも、たった一つの翁翠を見付けだすために、だだっ広いインドの泥土の中にもぐりこむ。 …文学の作業はこれによく似ている。果てしない泥土との、或いは無益に終るかも知れない戦いである。 一万の詩稿を書き溜めても、その中に真の一篇の詩すらないかも…

詩(電鉄緑号)

ある朝 切り立つ崖の新開地 駅の改札口に駆け込んで 慌てて電車に飛び乗った 入口間違えたか 青天井の車内は さんさんと降る日光 緑したたる若葉の間を 爽やかな風吹き抜けて やおら告げるアナウンスが 「間もなく発車」と ーそれにしても あの声どこか聞き…

詩(花火)

いつのまにか 二人だけになっていた どこか迷路じみた 故郷の田舎 曲がりくねった あぜ道を辿り 狭い江湖を舟で遡っていくと 岸の葦がさらさらこすれ おまえは絶えず笑っていた (あれはいつのことだったか?) 舟着き場につくと 道端に並ぶ黒い影 ー目鼻の…

詩(夕映え)

向かい合った一対の ひとつは優しく ひとつは悲しげに見つめ合う 木の葉が落ちてー ゆらり 反転した空に映る 在りし日の記憶 遠くの木の葉が落ちてー 目に宿る空の不思議な色あいが 軽い驚きとともに戻ってくる どこにいるのだろう このわたしは ああ ひとり…