詩(10)

  海の時間



風が僕をなぶろうと 
そっと海から吹いてくる 
あれはきっと 
南海で死んだ兄たちが 
たしなめようとしているのさと
ゆっくり僕は反すうする


太陽が雲間に輝いているので 
兄たちの横顔はシルエットでしかないが
それでも 
日増しに募る思いが 
虚無の海を絶えず引き寄せる


スロップ!
波が頭上を飛び越える 
この暗雲の下 
船はいったいどこだろう 
海の波が 
見捨てられた空き缶のような
この僕をゆするとき 
もっとも兄たちに近づくはずだ


手を伸ばせ 
兄さん 
そら、もうすこしだ 


自然のなかに溺れていくとき 
僕の中から僕でないものが 
脱げ落ちていく
兄たちは静かに僕の手をとり 
過ぎた時間を指し示す


それら 
秋の紅葉や五月のつつじ 
空の虹や 
海底の珊瑚
はては海牛の足跡など・・


寄せては返す豊僥の海に 
行方も知れず漂う僕は 
やがて 
水平線を走る 
一艘の眩しい船−−白い客船を見る