2006-01-01から1年間の記事一覧

時計(50)

さっきから私はゆらゆら青い空を漂っている。頭上には帽子型の黒い気球がぽっかり浮んでいて、私はその気球からぶらさがった籠の中に座っている。 あたりには、緑色の山々が連なっている。なだらかな山の中を私は飛んでいるのだ。 下の方に光るものが見えた…

公園で(49)

深く青い空間に、まわりの樹が逆立ちして沈んでいる。色んな形をした白い雲がつぎつぎに現れては流れていく。ここは森林公園。昔は河川敷だったところだ。 おれは、この公園の一角、水飲み場がある近くのベンチで横になっている。きのうの晩はよく眠れなかっ…

ほら穴(48)

そこは昼でも暗い森の中。樫、椎、楠などの広葉樹が鬱蒼と生い茂り、羊歯類や熊笹がびっしりと地面を覆っている。 森の奥深く、ひときわ大きく古い巨木がある。根まわりは二十メートルもあろうか。周囲に張り出し、のたうつ蛇のように隆起した瘤は苔で覆われ…

行進曲(47)

かなり以前のことだが、故向田邦子さん原作の「阿修羅のごとく」というテレビドラマを見たことがあったが、そのテーマ音楽で聞いた古いトルコの行進曲が珍しかった。 確か世界最古の軍隊行進曲ということだったが、そのおどろおどろしい旋律を聞きながら、私…

をとこ(46)

ーててててって、この山車の化け物に乗ろうと駆け込んできたところが、ぶうぶう鳴く早駕篭に足をすくわれて、みごと転んじゃったよ。しかしなんという場所なんだ。でけえ火の見櫓みてえな建物がにょきにょき建っていて、そこから蟻みてえに、人間がぞろぞろ…

鉢の下(45)

リチャード、ドーキンスの「利己的な遺伝子」を読まなくとも、昔から、この地上の生き物という生き物はすべて、自分の勢力の拡張のためにはどんな努力も厭わない。 はからずも主の庭に、当初は、きれいな花を咲かせていた三色スミレだったが、その植木鉢も、…

ぼた山(44)

酒を飲んで、そのまま眠ってしまったらしい。もう一人の男と、肥えた女が二人傍に寝ている。青い蚊帳を通して入ってくる月の光が、男のほうけた黒い顔と、女のはたげた白い腿を照らしている。 窓は開いているが、蚊帳の中は蒸し蒸しして、あちこち身体が痒い…

地図(43)

崖上と崖下の男女は、地図の上では二〜三メートルの距離だが、現実は五十メートルも離れている。これは、片寄った見方による或る錯覚、食い違った心、空想と現実の差などを考えさせるが、同時にわたしと夫との心理的の距離を表している。 わたしは極度の方向…

黒い山羊(夢占い)(42)

三人姉妹がこっちを見てひそひそ話をしながら、二階建ての屋敷に入り、雨戸を閉めてしまった。屋敷の方へ歩いて行こうとすると、道の真中に繋いである黒い山羊が私を通さない。 泉鏡花の作品には、この世には存在し得ないような神秘的で美しい女性が登場する…

すすき(41)

すすきの穂が月夜の原にぼっと浮んでいます。明るい月に誘われたのでしょう。狐の親子が穴から出てきました。後ろ足で立ったお母さん狐と並んで、子狐も立っています。やがて、小狐はすすきの白い穂をひとつふたつと数え始めました。最近お母さんから教わっ…

水風呂(40)

今日は月に一度の映画の日。私が住んでいるこの町区では、町区民の親睦を兼ねて、昔の邦画の観賞会を公民館で開いている。 通常は映画館で観るものを、町の公民館で観られることになったのには、この町区に住むある熱心な映画マニアが関係しているのだが、そ…

鳥(39)

身体の大きさは子供の背丈ぐらい。羽根の色は青みがかった灰色。つるりと後方に伸びた羽毛の冠の下からぎょろりとした黄色い眼がおれを見ている。 会社から戻ってやれやれとソファに上着を投げ出した時に、何か異様な気配を感じて窓のほうを見たら、そいつが…

村道(38)

どうも、とんでもない場所にまぎれこんでしまったようだ。 道は鋪装されているが、それが、だんだん狭くなってくる。道路脇には土が盛られている。それもたった今掘り上げられた新しい土のようだ。とにかく行ってみようと進むうちにっちもさっちもいかなくな…

時間(お休みの合間に)(37)

地は東へ沈み、陽が昇る。やがて、風が吹き、海が波立つ。思えば、すべてこの地上の現象には何か因がある。しかしここに、何からも影響されず、単独で存在するもの、「時間」がある。 「時間」はどこから生まれたのか。この疑問に答えられる者はいない。それ…

眠りの中へ‥‥(休みの一時的中断)(36)

(音楽)どこかでゆるやかに音楽がなっている。その調べはいつか頭に刻み付けられた旋律に似てとても甘く懐かしい。わたしが生まれる前から聞いていたような音楽だ。それはどこかの風の音にも似ているし、静かな川のせせらぎにも似ている。その音楽を聞いて…

空き地(35)

「香織ちゃん、そっちに行ったら危ないよ」 孫の手を取って引き戻すが、子供はなかなか言うことをきかない。 朝から、両親とも外に出かけているので、私は庭の芝生の上で孫のお守だ。柔らかい草の上でおとなしく遊んでいればいいのだが、すぐ赤い椿の花や、…

メーキャップ(34)

ぶたいにたつまえ、きちんとおびをしめなきゃあ、はなはちゃんとかまなくちゃ、どきどきするのはあたりまえ、それよりなによりくつはどこ‥‥‥。 「そのフリルは少し高くしたがいいかな」 今日は生徒たちが待ちに待った学芸会の当日だ。教師の私は講堂脇の仕度…

福鼠(33)

荒木さんはぼくの先輩だ。大学で古代文字の研究をしている。それも、エジプトのヒエログリフとか、中国の甲骨文字などじゃなくて、日本の神代文字を研究しているらしい。 日本最古の物語りである古事記や、日本書紀、万葉集はすべて漢字でかかれており、もし…