2009-01-01から1年間の記事一覧

祭り(95)

最近、目が悪くなったようだ。昼間はいいけど、夜になるとどうも駄目だ。夜目遠目というけれど、向こうから来る人が男か女かも分からない。 外灯が点いていない鄙びた田舎道を散歩するのは、私の楽しみの一つだ。うす闇にぼんやり浮かんだ白い道を歩いて行く…

マイク(94)

私は口下手だ。沢山の人が集まったところで、何かを話そうとすると、頭の中で色んな観念が勝手に暴れだし、いっぺんに口の外に出ようとする。聞いている人は、何をわけが分からないことを言ってるのだろうと思うに違いない。その場の状況を見ながら、あるい…

詩を創る難しさ(93)

私は二十歳の頃から詩に携わり、長年、詩や散文詩のことを考えてきた。詩を書く、あるいは詩を鑑賞することを気持の中心に据えながら、あいまいで不安定な自分の精神生活を律してきたつもりだが、いまだにあるべき詩の形がはっきりと見えないし、詩というも…

仏の山(92)

その岩山の崖下には、ぽかんと開いた洞窟があり、中から涼しい風が吹いてくる。大きな木柱の案内板がそばに立っていて、大きく墨書で「仏山」と書いてある。 炎暑の外から穴の中に入ると、洞窟の中はひんやりとして、天井から吊るされた僅かな灯に、狭い通路…

四角な部屋(91)

街の地面は四角に区切られ、その場所から生えた長方形の建物が、地平線まで連なって青い空を切り取っている。 いくつもの淡い影の階段‥‥無機質な造型物となってそびえたつオフィスビルやマンション、商業ビル。その四角な壁面には、一様に四角なガラスが無数…

キャンバス(90)

妻が、庭に水を撒くときれいな虹が架かった。子供が歓声をあげて庭を駈け回る。犬がけたたましく吠えて後を追う。 「おいおい、濡れちゃうぞ」 「暑いから平気だもん」 洗濯物が干してあるので、そこらじゅう清潔ないい匂いがする。 私はキャンバスに向って…

蛙(89)

その山の奥深くで、大きな蛙を見たという老人がいる。 ーありゃあ、恐ろしゅう太かったよ。あの蛙は‥‥えすかったあー 真顔で話すその人は、義一という土地の古老。きのこ取りの名人と云われたその老人は、秋になると朝早くから、その山のきまった秘密の場所…

春(88)

雑木林の中の、急な崖道を登っていると、突然、耳元で生暖かい息を吹きかけられたような気がした。見ると、傍の大きな樫の樹の幹に小さな穴があいていて、その奥で何やらもぞもぞ動いている。どうやら樹のうろに鳥の雛が居るようだ。 こんな低いところに巣を…

鮒(87)

寒い冬の朝、氷が張った堀の中で鮒の兄弟が話している。 「おはよう、今日は寒いね」 「なんだか天井が低くなったみたいだね」 「氷が張っているからね」 「きょうは、鷺はお休みだね」 「鷺はこわいからなあ、子ぶなだったらひとのみだからな」 「でももう…

疑問(86)

フランスの画家フラゴナールは、「ブランコ」で、花を捧げて庭に寝そべる男爵と、その上で腿もあらわに、大胆にブランコに興じる愛人を描き、さらにブランコを揺する陰気な召使(夫?)を木立の奥に配している。 私は、生来運動神経が鈍く、学校でも、スポー…

日輪(85)

じんと空気が震え、東の空が白くなった。黒い山なみの向こうから、長脛彦がやってくる。ぴかり、ぴかーり。朱色の剣をきらめかせて、急ぎ足でやってくる。 古い絵馬堂の天井を眺めている。天井の絵馬には蟹と長脛彦の戦いの様子が描かれているが、色も落ち輪…