2005-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ミルクの海(19)

雨はもう一週間も降り続いて、見渡す限りの水田が乳白色の水を冠り、一帯が湖水のようになっている。 ここらは、海や河岸を堤防で囲った低平地だ。もともとは海であったところにできた沖積平野なので、いったん、大雨と高潮が重なると、田んぼと水路との境が…

バランス(18)

私のいきつけの喫茶店のマスターは変わり者。今日も店は常連の女性に任せて昼飯を食いに出かけている。 いつものことなので、苦笑しながら、スタンドのぎいぎい鳴る椅子に掛けて、女が煎れてくれたコーヒーをすする。 「出たのかしら、パチンコ」 カウンター…

檻(17)

散歩には恰好の春の宵だ。仲間を誘い寮を出ると、堀端の満開の桜のはなびらがそよ風に舞っている。 「いいねえ、この生暖かい風」と彼。 「そうだな、すこし暑いぐらいだ」と私。 堀端を過ぎ、左へ曲がると大学の門が見える。門のわきに、大きな銀杏の木が立…

勧食会(かんじきえ)(16)

今日は年に一度の勧食会の日だ。施主は、この地方では旧家の中牟田家。今では、姉妹の二人が住んでいるだけの広い屋敷には、朝から近所の主婦たちが集まり、姉のかじ取りで、炊き出しの準備に追われている。勧食会は一時には始まるのだ。 「まったく他人事の…

髭(15)

いつの頃からか、私はサルバドール、ダリのようなひげを伸ばしている。 ダリは、御存じのように、スペインのカタルーニヤ地方で生まれたシュールリアリズムの画家で、その奇矯な言動、なかんずく特徴のあるひげで知られている。 私がなぜダリの髭を模したか‥…