さっきから私はゆらゆら青い空を漂っている。頭上には帽子型の黒い気球がぽっかり浮んでいて、私はその気球からぶらさがった籠の中に座っている。
あたりには、緑色の山々が連なっている。なだらかな山の中を私は飛んでいるのだ。
下の方に光るものが見えた。きれいな円形をした小さな池だ。
池の中に何かが見える。ボートのようだ。私は鶴の首状の赤い操縦桿を動かしてその方に下りていった。
気球の動力は、大体は風だが、速度、方向など、ある程度はこのレバーを動かして変えられる。また、気球自体を大きく膨らませたり、小さく縮小して、上がったり下がったりすることもできるのだ。
下の池では、男が若い女を乗せてボートを漕いでいた。なぜか懸命にぐるぐる同じところを回っている。山際のここでは、はや夕暮れに間もない時刻だ。何をしているのだろう。山の陽は落ちるのが早いのに。
私はここを離れようとレバーを起した。しかし、なぜか気球は上がらない。
それに風もない。風がないうえに、この大きな帽子は、強い磁力に引き付けられたように池の上空に停まったままだ。
突然、池のおもてに光が走り、いくつもの楕円形の小葉がつぎつぎと浮かび上がってきた。じゅんさいの葉だ。ボートの動きが重くなった。水草に絡まれているのだろう。ボートは少しづつ遅くなり、やがてすっかり動かなくなってしまった。
ボートの上の二人が、こっちを見て助けを求めるように手を振っている。昔どこかで見たことがある若い男と女の顔‥‥。
じゅんさいの厚い絨毯に、押し潰されたボート。その上の二人が何か叫んでいるが、その声は聞こえず‥‥時計の短針のように伸びた白いボートが、夕日を指したまま止まっている。