すすき(41)

kuromura2006-07-07

 すすきの穂が月夜の原にぼっと浮んでいます。明るい月に誘われたのでしょう。狐の親子が穴から出てきました。後ろ足で立ったお母さん狐と並んで、子狐も立っています。やがて、小狐はすすきの白い穂をひとつふたつと数え始めました。最近お母さんから教わった数え方の練習です。ひとつ、ふたつ、みっつーと十まで数え、得意そうな顔でお母さんを振り返りました。ところがいつもそこに居るはずのお母さんがいません。お母さんがいた場所の近くのすすきに、いつもお母さんがかぶっている赤いスカーフが懸かっているだけでお母さんの姿はどこにも見えません。
「おかあさん」
 子狐はそっと呼びました。頭を高く持ち上げては、何度も呼びました。でも、あたりには白いすすきの穂がずっとつらなってるだけでお母さんの答える声はありません。
 こんなことは初めてです。いつも呼べば、すぐ傍にやってきて「なあに」と、優しく頭をさすってくれるのに。
「ひとりぼっちになってしまった」
 子狐はすすきの茂みの中に坐り込んでしまいました。
「くうん、くうん」
 悲しい声が知らず知らず出てきます。

 そのころ、お母さんは少し離れた丘の上に寝そべっていました。傍には一匹のがっしりした雄狐が立っています。
「おい、いいのか、あんなに呼んでるけど」
 雄狐が云います。
「いいのよ、もうそろそろ一人立ちの時期だもの」
 お母さん狐はけだるそうにいうと、身体をくねらせて雄狐を見上げました。
 白いすすきの穂が海の波のように揺れ、子狐の悲しげな声は次第に遠く小さくなっていきます。