水風呂(40)

kuromura2006-06-30

 今日は月に一度の映画の日。私が住んでいるこの町区では、町区民の親睦を兼ねて、昔の邦画の観賞会を公民館で開いている。
 通常は映画館で観るものを、町の公民館で観られることになったのには、この町区に住むある熱心な映画マニアが関係しているのだが、その事情についてはここでは触れないことにする。ちなみに映画の上映費用は自治会費から出ている。
 これまで、観た邦画は滝口康彦原作の「切腹」、大木実主演の刑事物「張り込み」など十数編。今日は宮崎はやおのアニメ「となりのトトロ」。家族連れが多くなるだろう。
 私は、市役所の記者室に勤務している関係で、常に町のめぼしい情報を新聞記者に提供しなければならない。
 上映は七時からなので、勤務時間が終ると附近の食堂で飯を済ませ、新聞記者と一緒に歩いて出かけた。途中、公衆電話で家に電話したがつながらない。多分妻も子供を連れて映画に出かけたのだろう。すると家には年老いて耳が遠い父だけだ。
 公民館の大広間は子供たちの叫び声や笑い声で一杯だった。これで映画が観られるのかという騒がしさだったが、さすがに上映が始まるとしんとなった。
 約二時間のアニメが終ると、再び喧噪が戻った。みんな立上がり、あたりを見渡し、出口のほうへ歩き出す。その中に妻と子供の顔も見えた。
「やっぱり来てたのか」「うん、子供に急かされて」「ぢいちゃん、大丈夫かな」
 父は、最近呆けの症状が出ている。
「出かけるときは、眠っていたから大丈夫と思うけど」
 玄関の戸を開けた。父の部屋のガラス戸が開いていて、寝巻きが廊下に落ちている。
 湯殿の戸を開けると、父ががたがた震えながら風呂に浸かっている。まだ沸かしていない水風呂だ。id:hatenadiary