ほら穴(48)

kuromura2006-08-23

 そこは昼でも暗い森の中。樫、椎、楠などの広葉樹が鬱蒼と生い茂り、羊歯類や熊笹がびっしりと地面を覆っている。
 森の奥深く、ひときわ大きく古い巨木がある。根まわりは二十メートルもあろうか。周囲に張り出し、のたうつ蛇のように隆起した瘤は苔で覆われ、濡れたように光っている。ごつごつした皮で覆われた樹の全体を見ていると、今にも見も知らぬ巨竜の姿になって動き出すかのようだ。
 巨樹の地面近くに、かっては獣が利用したと思われる大きな洞穴があった。
 洞穴の中は暗く、深く、大小の白い蔦の根が垂れていて、覗き込んでもその奥はよくは見えない。
 しかし、蔦の根をかき分け、なおも眼を凝らして見ていると、次第に慣れた暗闇の空間に、ちょうど夕暮れ時の星のように、ぽつぽつと青い点が現れはじめている。
 どこからともなく、心臓の鼓動に似た規則音が聞こえ始め、次第に高まってくる。
 穴の奥にぴかぴか光るものが見える。それは大きな円盤のようなもので、音に合わせてゆっくりと揺れている。
 柱時計の振子を思わせるその動きにつれ、闇の中の青い点は螢火のように漂い始め、ひとところに集まり、またぱっと散り、そうしながら、次第に穴の外へと出て来る。よく見ると、その青い螢火は羽根を生やした小さな裸の人間たちで、つぎつぎと巨樹の幹を飛び伝って、上方の明るい梢を目指して昇って行く。
 もうすでに、森の上空は、沸き立つ雲のような輝く羽虫の群れで覆われている。かれらは、虹色の光に包まれながら、ちち、ちちと小鳥のような叫びを発し、はは、ははと笑い転げながら、自分が生まれる時と場所を待っているのだが、これこそが、この国の母親の胎内からおぎゃあと叫んで生まれる、赤ん坊の魂に違いないのだ。