鉢の下(45)

 リチャード、ドーキンスの「利己的な遺伝子」を読まなくとも、昔から、この地上の生き物という生き物はすべて、自分の勢力の拡張のためにはどんな努力も厭わない。
 はからずも主の庭に、当初は、きれいな花を咲かせていた三色スミレだったが、その植木鉢も、花が枯れてからは、庭の片隅に、放置されたままになっている。
 ぼろぼろに乾燥した土が蟻たちの住処に利用されたのもいつのことか、いまは、高い夏草の中に埋もれたままだ。
 今、鉢には一匹のナメクジが住みついている。彼は、ひび割れて苔が生え始めたその底の穴から、鉢の裏に出て鼻唄まじり、穴の周辺につぎつぎ金色の卵を産みつけ始めた。
 ところが、この至福の時間も束の間、その金の卵が、あたりを徘徊する一匹のケラに目を付けられたのだ。
 狭く薄暗い鉢の下でナメクジとケラは向き合った。
「おい、何でおれの卵を狙うんだ」
「いいじゃないか、こんなに沢山あるんだ。少しぐらいこっちに寄越せよ」
「だまれ、ならず者」
 双方が睨み合う。ケラが白い霧状の毒ガスを吐き出す。ついで、ナメクジの角から青緑色の閃光がきらめき、あたりを照らし出した。ケラが怒鳴った。
「肥えた豚め、悪魔の手先、汚らわしい帝国主義者め」
 ナメクジが応えた。
「ゆすりたかりのテロリストめ、お前にただでやる物などどこにもないわ」
 その時、幽かな気配がした。それは、この庭の主が近づいてくる足音だった。
 主は植木鉢を拾い上げると、首を傾げた。
「もうこれは使えないな」
 主は、鉢を石に打ち付けて壊すと、その破片を燃えないゴミの袋に押し込んだ。次の回収日に出すつもりである。id:hatenadiary