黒い山羊(夢占い)(42)

 三人姉妹がこっちを見てひそひそ話をしながら、二階建ての屋敷に入り、雨戸を閉めてしまった。屋敷の方へ歩いて行こうとすると、道の真中に繋いである黒い山羊が私を通さない。

 泉鏡花の作品には、この世には存在し得ないような神秘的で美しい女性が登場するが、女性を母性的な面でのみ捉え過ぎているような気もする。九歳の時に母を亡くした鏡花としては当然かも知れないが、女性を極端に美化し崇拝する、憧れに近い恋心を抱いてしまうというのは、女性を母親と同列視する幼年期の男の子の夢を引き摺っていると言えるかも知れない。
 私が遊び盛りの小さい頃は、近くに大きな楠が生えている公園があり、夏休みはもっぱらそこで蝉取りに明け暮れていた。ある時、多分、蝉追いに夢中のまま、生け垣の隙間から入ったのだろう。気がつくと大きな屋敷の中にいた。
 大きな池があり、岸に松が生えている。そして屋敷の廊下には、和服を着た若い婦人がぼんやり座っていた。婦人が私に気付いたかどうかは分らない。ただ、私は、そのひとが肺結核の病気なのだと感じた。蝉のつんざくような鳴き声の中に包まれながらも、そこだけは静かな空気が支配していた。 
 同じ頃、近所にいつも山羊を連れて歩いているおじさんがいた。山羊の色は白だったか、黒だったか覚えていないが、多分道端の草を食べさせていたのだろう。ひとのよさそうなおじさんで、 私たちは「やぎのおじさん」と呼んでいたが、大人になってからその人が住んでいた家が「牧師館」だったことを知った。
 山羊は、頭に手を当てると押し戻す癖があり、杭に繋いであってもなんとなく傍を通りにくいようなところがある。黒い山羊は、西洋では悪魔の化身だそうだ。