ぼた山(44)

kuromura2006-07-27

 酒を飲んで、そのまま眠ってしまったらしい。もう一人の男と、肥えた女が二人傍に寝ている。青い蚊帳を通して入ってくる月の光が、男のほうけた黒い顔と、女のはたげた白い腿を照らしている。
 窓は開いているが、蚊帳の中は蒸し蒸しして、あちこち身体が痒い。蚊が何匹か入っているようだ。
 ここは昔の炭坑を復元した作業場で、俺たちはその炭掘り作業を再現する前かたと後かた、いわば観光客向けの役者だ。
 俺は蚊帳をめくって外に出た。すぐ前に、ホテルのネオンに照らされた円錐形のぼた山が聳えている。まばらに草が生えたその廃炭の斜面を登って行った。
(昔はここも活気があったな) 
 当時の炭坑町のにぎわいが頭をよぎった。
 常に落盤や粉塵爆発の危険にさらされながらも、作業場にはからっとした笑いがいつも絶えず、喧嘩早い奴もなかにはいたが、隣近所の人情は厚かった。
 どこかで、猥雑な笑い声が聞こえた。ホテルの観光客だろうか。星空に青や赤の線が見える。今はどこもかしこもけばけばしいネオンだらけだ。
 黒いぼた山の頂上に出た。なんだか妙に温かい。風は涼しいが、立っている地面が熱を帯びたように熱い。俺は下駄を履いているのだが、その木地を通して熱が伝わってくる。
「おーい」
 下のほうで誰かが呼んでいる。
 白い湯気があたりを包んで、まるで霧の中に居るみたいだ。横文字のネオンがぼんやり呪文のように空中を漂っていた。見せ掛けだけの世界に、ああ、息が詰まる。 
 青白い月が懸かっている。/月が出た出たあ/俺はぼた山の上で炭坑節を歌った。「おーい、自然発火だ。下りてこい。そこは危ないぞ」。下で相棒が呼んでいる。