メーキャップ(34)

 ぶたいにたつまえ、きちんとおびをしめなきゃあ、はなはちゃんとかまなくちゃ、どきどきするのはあたりまえ、それよりなによりくつはどこ‥‥‥。
「そのフリルは少し高くしたがいいかな」
 今日は生徒たちが待ちに待った学芸会の当日だ。教師の私は講堂脇の仕度部屋で、子どもたちの扮装をみてやっている。
 演目は人魚姫。化粧はドーランの黄色と赤を混ぜて肌色とし、目のまわりにアイシャドーをつける。主演の女の子はメーキャップがなかなかうまく出来なくて、今にも泣き出しそうな様子だ。
「ねえ、人魚姫は地上の王子に憧れて、魔女からやっと念願の二本の足を貰うんだよ」
 私は鏡の横に座り、ガーゼで濃くなり過ぎた目のまわりの色を落し、明るくした。
「さあ、これで良くなった」
「先生、男の子たちが居ません」 
 あわてて講堂の方を覗くと、王子と王様が冠を放り出して隅の平行棒に登っている。
「こらあ、なにしてる」
「ねえ先生、私これでいいの」
 魔女役の背の低い子が長い白髪を揺らしながら傍で聞く。
「その髪ちょっと長いな、輪ゴムでたくしあげなさい」
 人魚姫は地上で王子と結ばれるが、やがてその愛に試練の時が来る。裏切った王子を殺さなければ、自分は死んで海のあぶくとなる運命だ。魔女はその予告を厳かに伝える役目がある。滑稽に見えたら台なしだ。
 しかし、もっと肝心なのは人魚姫の自己犠牲の精神だ。これが表現できなければこの劇の意味はない。
「おい、人魚姫。おれの指輪知らないか」
「えっ、あれがなきゃ結婚式できないじゃない、あんたのせいよ‥‥‥」
 ああ、王子と人魚姫が言い争っている。困った。困った。