「香織ちゃん、そっちに行ったら危ないよ」
孫の手を取って引き戻すが、子供はなかなか言うことをきかない。
朝から、両親とも外に出かけているので、私は庭の芝生の上で孫のお守だ。柔らかい草の上でおとなしく遊んでいればいいのだが、すぐ赤い椿の花や、庭に降り立つ山鳩に関心が移る。
古いこの家の庭には、小さな子供の目を惹く危険なものが沢山ある。鋭いとげのある薔薇の木もあるし、玉葱畠との段差は足を取られて転びそうだし、隣家との境界には早い流れの小川もある。
小川のこちら側の岸辺には、枯れた大きな泰山木が枝を四方に突き出している。その樹の中ほどの股に拡声器が取り付けてあるのは、父が区長をしていた頃、朝晩のお知らせ用に取り付けたものだ。
そのうち外そうと思っていたものが、木が枯れはじめて登ることもできず、そのままになっている。
「お父さん、お守大変だったでしょう」
午後になって、子供達が帰ってきたので、孫を渡して、私は泰山木を見上げた。
今日こそはなんとかしなければ、と樹に手をかけて揺すってみると、ぐらぐら動く。多分根が腐っているのだろう。綱で引っ張り、何度も揺すっているうちに、とうとう倒れてしまった。拡声器も音をたてて転がった。
「なんだ、なんだ」
息子が家から飛び出してきた。
「うわ、明るくなったね」
今まで、空を覆っていた樹が無くなって、眩しい西日が射している。なにもない空き地もいいものだ。樹を片付けていると、子供を連れて嫁も出て来た。
「ウボー」香織が叫んだ。いちだんと明るくなった草地を子供がよちよち歩きだす。その影がくっきりと地面に写っている。