仏の山(92)

 その岩山の崖下には、ぽかんと開いた洞窟があり、中から涼しい風が吹いてくる。大きな木柱の案内板がそばに立っていて、大きく墨書で「仏山」と書いてある。
 炎暑の外から穴の中に入ると、洞窟の中はひんやりとして、天井から吊るされた僅かな灯に、狭い通路が浮び上がっている。
 立って歩くのがやっとな凸凹道。左右の壁のところどころに彫り窪めた棚があり、蝋燭が点っている。灯明のうしろには羅漢、山王などが安置されて、しきりに線香の臭いがする。歩くうち、徐々に下り坂になる道を降りて行くと、急に、開けた場所に出て、あたりが青い照明に浮び上がる。一帯に湯気がたちこめて、額に三角の布を当てた亡者たちが、大釜のまわりで哀願するように手を差し伸べ、死んだようにぐったりとした亡者の傍には大きな鬼が立っている。みな蝋人形だ。
 ここは、多分地獄を再現した場所だろう。とすれば、極楽もあるはずだ。
 少しずつ登りになる坂道を行くと、やがて黄燈色の照明が広がり、こころなし沈香の匂いが漂ってくる。前方の高みに黒い影となって仏の姿が浮び上がった。奈良の大仏のような座り姿。ただ全身黄金色のぴかぴか仏だ。
 右手を前にかざし、左手の掌を上に向けて膝に載せているが、その手の上には賽銭箱が乗っている。
 箱に百円硬貨を投げ入れると、大仏の目がきらっと光った。機械仕掛けになっているのだろうか。こんどは五百円を入れてみる。仏の目が動いてこちらを見た。千円札を入れてみる。すると、仏の首がぐるりとこちらを向いて、にたっと笑う。
 これは面白い。では一万円ではどうだろうか。しかし、なにかもったいないような気がする。手帳を破って一万円と書き、中に入れた。とたんに警報装置が鳴り出した。