四角な部屋(91)

 街の地面は四角に区切られ、その場所から生えた長方形の建物が、地平線まで連なって青い空を切り取っている。
 いくつもの淡い影の階段‥‥無機質な造型物となってそびえたつオフィスビルやマンション、商業ビル。その四角な壁面には、一様に四角なガラスが無数にはめ込まれ、朝日にきらきら輝き、それらのひとつひとつが見知らぬ昆虫の複眼になってあたりの景色をじろじろ眺めだす。
 この町のいったいどこに、人は住んでいるのだろうか。はて、あれが人間が住む家なのか。まるで断崖にこびり着いてでもいるような具合だ。
 ビルの黒い影に隠れた小さい四角な家。四角い窓、四角な郵便受け、四角な階段、四角な入口、四角な表札‥‥。
 呼び鈴を押して、窓から覗き込む。ワタシたち遠い宇宙から来た者ですが、救助信号を出しているのはこちらですか。
 水色の絵具が溶けている空のかなたから、降りてきた白い霧は、ゆっくりと窓からすべりこんで、部屋を満たし、小さい異星人の影が部屋の隅に現れる。
 テレビと机。四角ずくめの部屋。窓枠に切り取られた四角な景色。だが、ひとつ円いコップが四角な机の上に‥‥。
 コップの円い湖の真ん中で、男が懸命に泳いでいる。表面に浮いたゴミのように、苦しげにもがきながら。 
 四角い顔の女が匙で掻き回すレモンソーダ。かすかに見える氷の青い稜角。
 突然の渦に男は呑まれ、ついで宙に吊るされ、気がつくと、びしょぬれのまま紙に張り付いている。これって虫じゃない。 
 ごみのような小さな男を見ている巨大な目二つ。息詰まる四角な部屋。宇宙人なんてごめんだわ。ぴしゃりと窓が閉じられた。 
 遠くで呼び鈴が鳴っている。繰り返しためらうように呼び鈴が鳴っている。