祭り(95)

 最近、目が悪くなったようだ。昼間はいいけど、夜になるとどうも駄目だ。夜目遠目というけれど、向こうから来る人が男か女かも分からない。
 外灯が点いていない鄙びた田舎道を散歩するのは、私の楽しみの一つだ。うす闇にぼんやり浮かんだ白い道を歩いて行くと、何か奇妙な安堵感に包まれる。
 その夜も、例の散歩道を歩いている時だった。いつもは雑草が生い茂っている道脇に点々と光るものに気がついた。月のない夜なのに、月光で反射しているわけではない。何だろうと目を近づけると、姫みぞそばに似た蔦草がつながって生え、その赤い玉が豆電球のようにちかちか光っているのだ。赤い光の玉はずっと行く手の道脇に連なっている。
 どこからか、どーんという太鼓の音も聞こえてくる。お祭りでもあっているのだろうか。こころなしか、行く手の空が赤く燃えているようだ。太鼓の音とともに笛や鐘や囃子のざわめきも聞こえてくる。
 道の行く手にか黒い神社の森が見え、社の前でちらちら動いている人の姿が見える。えいさあ、という囃子もはっきり聞こえる。竹の筒を振り上げて踊る子供たちが見える。大人はそれぞれ鐘を鳴らし、笛を吹きながら、列をつくって社の周りを回っている。
 大人も子供もみな、女柄の浴衣を着ているが、頭の左右に細く綺麗な羽飾りを付けていて、体を動かすにつれ、その羽飾りがゆらゆら揺れるのが面白い。
 えいさあ、えいさあ、よーい、よい。初めてだった。社があるのは知っていたが、こんな面白いお祭りを見たのは初めてだった。思わず拍手をした。
 男の一人がこっちを見た。すると驚いたように、「人間だ。人間だ」という囁き声が波のように伝わり、みんなが振り返ってこっちを見詰める。
 あたりがしんとなり、どんと太鼓が打ち鳴らされ、踊り手はみなばらばらと草陰に隠れた。鐘も笛も社の後ろに隠れていなくなった。
 いったいどうしたんだ。なぜ隠れるんだと叫んだ。
 社とその森は沈黙に包まれた。
 やがて、踊り手たちが隠れた草陰から、ためらいがちに、虫の声が聞こえてきた。最初は、じーい、じい、ころ、ころと。やがて、すい、すいっちょ、りーん、りーんと、次第にその澄んだ鳴き声が高まっていく。