鮒(87)

 寒い冬の朝、氷が張った堀の中で鮒の兄弟が話している。
「おはよう、今日は寒いね」
「なんだか天井が低くなったみたいだね」
「氷が張っているからね」
「きょうは、鷺はお休みだね」
「鷺はこわいからなあ、子ぶなだったらひとのみだからな」
「でももう、ぼくらは大丈夫だよね」
「いやいや、まだ安心できない、あのひげを生やした鯉ぐらい大きかったらいいけど」
「でも、ぼくらは鯉にはなれないんだろう」
「種類がちがうからね、ああ、やっと陽が射してきた」
「氷が虹色に輝いてきれいだね」
「なんだか、オーロラみたい」
「オーロラって見たことあるの」
「いや、雁から聞いたんだけど、北のほうでしかみられない特別な光で、神秘的でそれは綺麗で、空に架かった帯のように揺らめいているそうだよ」
「ふーん、一度見てみたいな」
「でも、そこは、いつまでも明けない朝が続いているような所で、ここから何万キロも離れた場所なんだよ」
「へーえ、でも、行って見たいな」
「遠い夢のような話だよ、しー、ちょっと黙って‥‥‥今、ぴしぴしって音がしたろ」
「何の音だろ」
「きっと、氷が解ける音だよ、陽が高くなったからね、そらもう、岸にほっそりと白い影が映っている。あれは鷺だよ、要心しなくちゃ‥‥」
「ねえ、さっきのオーロラのことだけど」
「もう、そんなことは考えないほうがいいと思うよ、少し泥臭いけど、やっぱり、生まれ育ったこの堀が一番だよ、鮒のおれたちには、こうして何事もなく、ゆったりと腹ひれを動かしているのが、いちばんいいのさ」