影(68)

kuromura2008-04-03

 いつも私の隣に並んでいる。影は無口な仲間。陽射しが強いので、私は帽子を斜めにかぶり、眉をひそめてむっつりしている。影のほうはのんびりゆったり、白い塀に寄りかかりいかにも涼しげだ。
 売り物の品を足元に並べているので、私は時折大声を張り上げる。影はその横で首をかしげたり頷いたり、おどけた様子であたりを見回す。
 私の部分のようで、実は光の落とし子。陽がかげるとたちまち雲隠れ、何処に行ったかわからない。でも夜になって月があがると
また黙ってついてきて、青い光にでこでこ踊る。
 ある雨の夜、部屋の戸をノックする音を聞いた。扉を開けると、そこに私の影がいた。彼は、昼間の私と同じ洋服を着て、まぶしそうな表情を浮べてそこに立っていた。
「入っていいかい」
 彼はおずおずと聞いた。
「いいとも」
 彼は部屋の隅の椅子に腰掛けた。
「で、何だい、用事ていうのは」
「実は、このことだけど」
 彼は私の部屋の隅にうずたかく積んである物を指差した。それは私がこれまでに仕入れた偽ブランドの小物類だ。
「こんなまがい物を売るのはもうやめにしないか。つくづく自分が厭になったんだよ」
「何を云うんだ、いまさら。第一この商売をやめて明日からどうするんだよ」

 いつも何か話したげな影。私が相手にしないので、悲しげに身をひるがえし、ときに遠くですねて、寝転がり、街のネオンに気がふれたように回りだす。
 ある時、影が云った。
「あともう少し。こんどは、あんたが影になる番だよ」g:hatena