過去(10)

kuromura2005-07-27

 時折子供たちの笑い声が聞こえる。
 ちょうど夏休みの季節で、この図書館は、宿題に没頭するため、暑くるしい自分の部屋から引っ越して来た子供達でいっぱいだ。
 私は読書に飽いて席を立ち、廊下の椅子に腰掛けて中庭をぼんやり見ていた。
 そこには噴水があり、時々間欠泉のように吹きだす水柱が、風に吹かれてつくる虹が美しく、ガラス越しではあるが、爽やかな涼気がここまで伝わってくる。
 噴水の向こうには何本かの朴の木が見え、その向こうの散歩道を、白い衣を着た一行がゆっくり歩いてくる。
 大部分は老人で、中には腰をまげ杖をついている人もいる。一行を追い越して焦茶色の犬が走ってきた。
「おや、あれは」
 その犬は、以前家で飼っていたセルティ犬にそっくりだ。私を見て、ガラスに足をかけて吠え始めた。
 近づいてくる人たちの中には、すでに亡くなった、この世にいない人の姿が見える。
 父や母。親戚の伯父や伯母、義姉。知人や幼友達‥‥。
「今日は暑いねえ」
 伯父がハンケチで汗を拭っている。
「ああ、きれいな噴水」
 母が手をかざしてこっちのほうを見たので、思わず立ち上がってしまった。
「時間を無駄にするなよ」
 父が小言をいって通り過ぎる。
「ひさしぶりだね」
 若い男が、ガラスをとんとん叩いているので、見ると三十代で死んだ太田君だ。
「御盆でね‥‥今日はここで昔を語る会なんだ」
 空が抜けるように青い。朴の葉が風で揺れている。子供らの甲高い笑い声が時折聞こえてくる。