チーコと私の病床日誌(9)

いらだち

 車から出ると、外は涼しい風が吹いている。妻がホームに入ってから8ヶ月。季節はすでに秋。
 私は、公園の中の道を歩いていた。赤いまんじゆしやげが植栽された歩道を行くと、目の前に大きな池が広がっている。池の水位は下がっていて、ところどころ底の泥が見えていた。このところずっと、雨が降っていない。
 私は、池の縁の平らな岩に腰掛け、下の水面に目をやっていた。二三匹の小さな魚が見える。ああ、魚がこんな少ない水の中でも生きている。
 私は、今別れてきた車椅子の妻のことを思った。妻は半身不随で、介護士の手助けを受けながら、ホームで暮らしているが、リハビリは思うように進んでいない。つかまり立ちは出来るが、両足の膝が曲がったまま伸びない。私か行くときは、いつもマッサージして伸ばそうとするが、痛いと顔をしかめる。
 妻の母は晩年はずっと寝たきりだった。妻もこのままでは寝たきりになってしまう。どうにかしなければと思うが、介護婦の助けに満足して、何とか自分の力で立ち上がるうと思う気持ちを失くしている。、ホームでは、皆そうして、介護されるままに、自分でどうにかしようという意志を失い、ついには、世の中すべてのことに関心をもてなくなってしまうのだろうか。
 南京はぜの葉が揺れている。岩の縁に生えている苔は白く乾いていて、触れると、ぱさぱさと砕けた。公園のあちこちで烏の鳴き声が聞こえる。
 こうして、みんな死んで行くんだ。私は、いらだつ気持ちを抑えて立ち上がり、公園の中をあてもなく歩いた。ただ無性に悲しかった。(平成26年10月)