チーコと私の病床日誌(12)


平成27年1月3日、晴、昼から、大和町巨石パークの登山。妻がとうとう履かなかった赤色の登山靴を履いての、久しぶりの石神詣で。兜石から天神石、雄神石、烏帽子石、あと、神護石、天の岩戸を写真に撮って帰る。2時間ほどの行程だった。K病院を退院したすぐ後の時は、相当疲れ、頂上まで行けず、兜石で引き返したが、今度は大丈夫だった。この山では、大きな巨石も岩と呼ばず、石と言うが、その巨石を見ていると、その圧倒する重量感から、「安心感」が伝わってくる。落ち葉が降り積もった石、石に映る木洩れ日の模様、石の滑らかな手触りなどが、全体として、静かな安定感を与えて呉れる。妻のホーム入所以来の、いらだちや悔しさ、不安感が消えていく。この落ち着いた気持ちは人間からは絶対に得られないものだろう。
1月7日、昼から妻の所へ。やはり、食べることだけが楽しみなのだろうか。それとも、満腹感が得られないのだろうか。糖尿病を懸念する次男が言うように、全く食べ物を持たずに、見舞うことは私には出来ない。
1月11日、人と会って話しても寂しさは消えない。今年の年賀状はお世話になった人と親類だけに返事を出した。
1月14日(水)、11時S病院で診察を受け、その後、椿の花や、写真立てを持って妻のところへ行く。この頃、リハビリの派遣士が来ていないようなので、足を揉みながら、少しでもリハビリをしているか訊くと、伝い歩きをしていると、平気で嘘を言う。自己弁護か、これも病気なのか。淋しくはないと言うから、安心ではあるが‥。
1月15日(木)、夕食に食べた「イカの煮付け」に当たった。スーパーで2日前に買っていたものだが、冷蔵庫を過信したのが間違いだった。嘔吐と下痢が翌日まで続いた。
1月18日(日)、どうやら小康状態。床はとったままだが、これまで、カロリーメイトやヨーグルト、おかゆ、納豆なども摂っている。まだ、胃も腸もぐずぐずしているが、明日は良くなることを願っている。
1月20日(火)、ある程度体力が回復したので、昼から、水仙とお菓子を持って、妻のところへ行く。妻は至って元気。自分ひとりで書いた日記もあって、しっかりと書けていた。介護婦から言われて書いたものかも知れないが、自分で、こうしようと思えば、出来るんだ。疲れていたので、妻のベットに寝て、ここで眠っていいかと訊くと、いけないと言う。自主的な判断も出来るんだ。
1月25日、テレビで認知症に効くと聞き、「コスモス」で、ココナツオイルのカプセルを2袋購入。
1月26日、鶴瓶の「家族に乾杯」は、大分県の姫島。芸能人の芝居ではない、生のままの人間模様が面白い。
1月27日、夜の夢。母の従姉妹のところへ行くが、そこは古い寺のような場所で、鬱蒼と樹が生い茂っている。大樹の下に、円盤状の大きな石が斜めに刺さっていて、如意輪観音が刻まれている。子供の頃、よじ登った記憶があるようで懐かしい。
2月2日、がらんとした広い家に独りで居ると、長年一緒に暮らした妻のことばかり考える。妻はまだ、自分だけ、何故老人ホームに、と思っているだろうか。始めの頃は、ここは病院で、自分は一時入院していると思いなしていたようだが…。家で、妻が、あちこちにしまいこんだ古い領収書を処分し、日記、写真、切手(封筒に入れた記念切手も)などをそれぞれの場所に整理しながら、物をあるべきところに仕舞うことが苦手だった妻を、懐かしく思い起こしている。
2月9日、 このところ、毎日スーパーやコンビニの弁当ばかり。いろいろ目先を変えているんだが、もう飽きてしまった。かといって、前のように自分で料理して作るうという意欲がわかない。朝は前日に買っておいたパンとコーヒー。昼は釜の中の冷や飯を温め、スーパーのおかずで食べ、夜は、テレビを観ながら、少量の酒に、スーパーの弁当を食べて、10時ごろから、寝床に就くがなかなか眠れない。病院の薬を飲んではいるか、このところ、1〜2時間おきぐらいのトイレに行く。むなしい。 朝方、小鳥になって、綺麗な町の上を飛ぶ夢をみる。
2月11日(水)、妻が何かお礼をと言ったので、10時半ホームへ行き、フェイスタオル12枚分と家に生った八朔をM管理者に渡す。昼まで居て帰る。茶の間の箪笥の中で、封筒に入ったままの大量の切手シートを発見。シート本3〜4冊分は有りそう。
2月14日、妻のところへは、1週間に一回行っている。S病院にかかり付けを替わってから、診察と薬を貰いに行く日の午後に行くようにしている。いつもみんなと食堂の机の前に居る妻は、私を見つけると、すぐ、自分から「お部屋」に行こうとせきたてる。
 ここの入居者はほぼ女性で、しかも見舞い客がほとんど無い、独り身が多いので、かねがね他の入居者の気持ちを考えて、介護者から、見舞い客には、自分の部屋で会うようにいわれている。部屋に着くなり、何か持ってきたかと聞く。自分でも経験があるので判るが、入院中の食事はわびしいものだ。だから、巻き寿司や稲荷、お菓子類を持って行く。相変わらず、押し込むようにして食べる。俺ではなく、お菓子を待ってるだろうと聞くと、そうじゃない、あなたを待っている、とはいうが…。
 金子みすずのテープを聴きながら、いろいろ昔のことを話すと、生き生きとした表情になる。最後に日記を書いてもらうが、これはいかにも役目済ましで早い。