チーコと私の病床日誌(46)

3月25日 今年も桜の季節が来た。去年までは、まだ立つことができたので、外出許可を取り、車に乗せて、あちこち回ったが、今年はもう無理だ。悲しい。
3月28日(月)晴、午前中、前、グッデイで買っておいた収容棚を組み立て、写真ブックを入れて、妻の日記類とともに副えの床の間に据える。昼からは、竹生垣の北側を切り詰めた後、庭のヒイラギの剪定をする。少し肌さむいが、気分は良い。
3月30日(水)曇、昼から、裏庭のソメイヨシノの桜の花を切ってホームへ。チーコが手を振っているのに、広間の洗面台に花を活けてから、行ったので、軽く頭を叩かれる。(相変わらず我が儘な)妻を部屋に連れて行き、何か持ってきたかと訊く(せっかちな)妻を待たせて、部屋にも花を活けた後、お菓子を食べさせる。久しぶりに日記を書かせ、1時間ほど居て、病院のほうへ行く。

チーコと老人ホーム
 チーコは25年10月31日に、それまで居た「K病院」を退院して、嘉瀬町の特別養護老人ホーム「D」に入所した。 ホームに入れることでは大分悩んだが、息子たちの意見もあり、家での介護は無理と判断して入れることにした。
 ホームは家からも近く、南向きの明るい部屋で、入所にあたっては、箪笥や花活けのセットなど身近にあるものを運び、気持ちのうえで、落ち着いて暮らしていけることを願った。最初のうちは「あなたも入るのでしょ」と言っていた妻も、2日おきに訪れる私を、最近は「よく来てくれたね」と喜んで迎えるようになった。
 脳梗塞の後遺症の左半身のうち、足のほうはどうにか立てるようにまで回復したが、左腕のほうはまったく動かない。揉むと痛いというので、神経は通っていると思うが、体はどうしても左に傾く。左半身の回復は、K病院のリハビリの理学士がいうように、その時が来るのを待つしかないのだろうか。
 私もだが、チーコも自分が特別養護老人ホームに入っていることに、納得がいっていないようだ。何故?という思いがずっと続いている。周囲がいくら病状を説明してもそうかと思うようになるまでには時間がかかるのだろう。チーコは「どうしてこんなになったのだろう」と独り言をいう。私も同じ思いだ。
 私とチーコは結婚して五十年になる。日常の生活で意見が合わずいろいろ口喧嘩もしたが、もうお互い自分の一部みたいな存在になっている。自分だけが老人ホームに入っていることが納得できないのも当然だ。私も、この別居生活を当然のこととして受け入れるにはもう少し時間がかかるだろう。