井 戸
庭の片隅の
昔の井戸を覗くと
少年の頃の私が見える
とんぼとりの網は持ってないが
少し痩せた私が
白い歯を見せて笑っている
井戸の中の空は
まあるく区切られていて
抜けるように青い空から
さあっと
あの時分の風が吹いてくる
見てごらん
あそこにあなたも映っている
井戸の中の青空で
あなたが笑っている
窓
迷いこんだ裏小路は
どこか懐かし
白い土蔵の家並み
いつか来たことがあるよな
そのゆきどまり
向こうの二階の窓で
母と子が遊んでいる
門前に桜の花びらが
はらはら舞っていて
それは芝居の書割に似て
どうということもない風景だが
窓に見える母子の面影は
忘れられぬ古い悔恨のように
物悲しく
私は打たれた杭のように
その場に立ちつくす