小さな人間(62)

 こけた頬、くすんだ暗い顔から、窪んだ眼が疑い深そうにこちらを見ている。
「君があの時の‥‥」
「そうです。転校してきたばかりでした」
「いや、悪かった。あの頃は時代も時代だったし‥‥私も若かった」
「それにしても殴ることはなかった」
 私たちは校舎の窓から夕陽を眺めていた。
夕焼けの中を無数のとんぼが舞っている。
 運動場のすべすべした平らな地面には草も樹も生えていない。
 白く硬い地面の向こうから、豆粒ほどの小さい人間がやってくる。赤い帽子、黄色い服。手に手に小さな旗をもち、それを真直ぐ立てて歩いてくる。列をつくり、いましも沈んでいく太陽に向って。
 地面から空へしなだれ懸かる軍服を着た大きな黒い影‥‥あれは先生だろうか。
「あれから、わたしは戦地に行った」
「そうでしたね。仲間には幼年学校に入った者もいた」
「沢山の人が死にましたね」
 骨、骨、見渡すかぎりの骨の原。幾世代にもわたりこの地上に生きて死んだ者の抜け殻。岩山になったさんご。動物の脂肪は原油に化して地下に貯まる。死は日常。そこから生も始まる。死の上に生があり、死によって生が始まる。
「人は何のために生きるのでしょうか」
「さあ‥‥」
「何のために生きて死ぬのでしょう。人の生に特別の意味があるのでしょうか」
「恐らく、何も思わない動物にはない意味が人にはあるのでしょう‥‥」
「意味を考えること自体が意味をつくるというわけですか」
「意味を求めない人には、人生は無意味なものかも知れませんね‥‥さあ、そろそろ同窓会が始まる時間ですよ」