ねこ先生(61)

kuromura2007-11-10

 私がいつも行く公園のベンチに腰を下ろした時だった。
「おい、そこを退いて呉れないか」
 突然、傍で声がした。
「せっかくのあったかい陽ざしがおまえの影で台なしじゃ」
 私の横に、仰向けに寝そべっている薄茶色の猫が、ぐるりと動いてこっちを見た。こいつが喋っているのか。
 どうせここらをねぐらとする野良猫だろうが、それにしても汚くて横柄な猫だ。
 仕方なく私が隣のベンチに移動すると、いかにも満足げに手足を広げている。「ああ、いい気持だ。お前らにはこの自由のよさが分るまい」と具合良さそうに伸びをする。
「お前も横になったらどうだ」と猫。
「結構だよ」
「小沢代表が辞めるの辞めたってな」
 やれやれ、なんてことを言い出すんだ。
支那光化学スモッグが攻めてくるか」
 こいつ、古新聞でも読んでるのか。
「お前らも大変だな、いろいろあって、世の中もころころ変りよる。ガソリンは上がるし、株価は下がるし‥‥‥その上、食べ物の消費期限のことで大騒ぎ」
 そろりと猫が立上がった。
「お前、おれたちが何を食べてるか知ってるか‥‥‥上等のコンビニの弁当だよ。消費期限が過ぎて捨てられた弁当をいただいているのさ。‥‥‥おれたちは満足してるよ。食べ物、日光、それに安全な場所。おれたちは多くは望まない‥‥‥おまえら人間はこれ以上いったい何を望むんだ‥‥」
 名演説というのは一種の催眠術だ。際限なく喋る猫をぼんやりと見ているうち、その首を結んだ蝶ネクタイに気が付いた。
 おや、ねこ先生の肩に掛かったガウンがふわりと広がって面白い。早く写真をと、慌てたが、ああ、やっぱりデジカメ忘れてた。