水車小屋(53)

kuromura2007-06-08

 ここは、空の滴が山々の生命を運んで集まるところ。その地上の一点にこびり着いたように建てられた小屋が見える。何かを探すようにさまよっていた白く沸き立つ雲の峰が、問いを投げかけた。
ーこの水車小屋に住むのは誰?
あれになにか、異なる精神を感じる。
 
 ひんやりした薄やみ中で、水の流れる音がする。たおたお、たおたお、豊かな水の量はいつものことで、決して激しくはないが、柔らかく持続的な力がここを支配しているようだ。ときどき、柔らかい音に混じってどどっという水音が外のほうで聞こえる。
 それは四角な部屋の中で、絶えまない二つの水音に耳を傾けている。
 苔むしたこの家は、百年も前から川の傍に
ある。ここで一緒に暮らしてきたその父も母も、すでにあの世の魚となり、いまはそっとひれを動かして、地下の水底で暮らしていることだろう。
 たおたおと、絶えまない水音に包まれて、それはかげろうが燃える朱色の天井を眺めている。天井の隙間から夏の陽が射し込んでいるようだ。
 さっきから、一匹の井守が壁の隅で彼を見詰めている。灰色の石の壁に張り付いた井守の身体は黒く濡れていて、今水から上がってきたばかりのようだ。ときどきその目がぐるりと動く。
 ー何故おまえは空に浮かぶものの色や形を
心に留めようとする?
井守が幾度目かの疑問を口にする。 
 ーそれが何かになるかね。
 あたりが明るくなった。虹の光が石塁の間をぼんやりと漂い、彼は突然夢から醒めたようにまばゆい水面を飛び跳ねる。もとより彼がこの流れのありふれた鮠に過ぎぬことは、静かな井守も知っていることだ。