星のかけら(52)

 気がつくと一人ぼっちになっていた。あたりが急に暗くなり、不意に、だれかがぼくを突き飛ばし、ぼくは坂道を転がってどぶに落ちた。
 どぶの中には、空き缶ガラスびんビニールごみや魚の死がい。どこからか声がする。ーこっちにきてーわたしをあたためて。みどり色の丸い石が叫んでいる。ーわたしはは空からきた星のかけら。
 ぼくは石をとり上げ、両手の手のひらであたためる。長いことあたためる。しだいにぼんやり明るく光りだした石。だんだんと軽くなり、水面へ浮かび上がる。そしてぼくの体も浮き上がる。水面から家のやねへ。そしてもっと、もつと高く、夜の都会の明かりが、ちかちか光る。しかし石はそれ以上上がらない。
 ありがとう。しかしもうだめだ。といいながら、星のかけらは私の手の中で、ただの黒い石になってしまった。
 気がつくと、ぼくは夜の雲の上にいた。夜の雲は光っていた。都会の明かりを受けて、冷たい光を放っている。ーおまえはこの子の友達だね。雲がいう。ーこの子はおれの親戚なんだ。かわいそうに、汚い水の中に長いこといて病気になったんだ。ーいま、この子にはいい空気が必要だ。
 雲はそのふかふかした布団に、星のかけらを包み込み、ぼくを乗せて走りだす。下から吹き上げる心地好い朝風。風はつぎつぎに白い雲を生み、一面の雲海に浮かぶ山の頂が、影絵のようにほのぐろく連なっている。ーどうだいいいところだろう、と雲がいう。ーおれもここで生まれたんだ。雲は星のかけらをそつと山の頂上に置くと、ぼくに別れを告げる。ー君たちはしばらくこの山の上で暮らしたらいい。元気になるよ。
 ぼくは岩の上にこしかけて、なにもない空をふりあおいだ。雲一つない青い空。しかしそこには、目に見えない空気やしがいせんがある。宇宙のかなたから、とつぜん降ってくるいんせきもある。
 ぼくにはそのとき、そのなにもない広がりが、とてもすばらしいものに思えた。いま、この石もぼくも、なにもないその広がりの中にひたっている。なにも食べなくても、とてもいい気分。
 夜が来て朝になった。また夜になり朝が来た。こうして二日、山の上で暮らすうち、星のかけらに明るみがさし、ぼくも下で飲んだ泥水が体の外に出て、体にあたらしい力がみなぎってくるようだった。そして三日目の夜ついに、石は自力で浮かび上がり、ぼくは星のかけらに別れを告げて山を下りたのだった。