みみず(13)

 さっきから誰かが戸を叩いている。俺はトイレの中。入っていますよと合図を返すのだが、いっこうに叩くのを止めようとしない。
 ここはちんけなアパートで、俺のほかに住んでいるのは、学生三人に年金暮らしの老夫婦二人。家賃が安いのはいいが、トイレが一つしかないのは困ったものだ。
 今、外にいるのは、隣の学生か、老夫婦の片方か。いずれにしてもこの朝の時間は人間の排出生理のラッシュ時で、向うも急いているのだろうが、こっちも途中で止めるわけにはいかない。
 それにしても、最初は遠慮勝ちに叩いていた音が、だんだん大きくなって、はあはあいうあえぎ声まで混じってきて、どうも二人以上の人間が外にいるような‥‥。
 俺はこのところ、ろくなものも食っていないせいか便秘ぎみで、ことがスムーズに運ばない傾向にある。まして今のような状況下で急かされると、落着いて出るものも出ないのだ。いったんここは外にいる者に譲り、あとでゆっくり用を足すかとも考えた時、外で声がして、がちゃがちゃ掛け金が鳴った。
「おい、もうはいるぞ」
 もうはいるぞと云われても、ズボンを下げた状態では困る。それにこんな狭いところのどこへはいろうというのか。
「待ってくれよ。ここは、一人で満員だよ」
「もう、待てないんだよ」
 怒ったような別な声がして、また、激しく掛け金が鳴った。どうやら外に居るのは四人や五人ではない。
「おい、待てよ」
 その時ついに、がちゃんと音がして掛け金がはずれ、皆がぞろぞろ入ってきた。 
「いいだろ、いいだろ」
 他人の生暖かい肉体が、八方から俺を押し包み‥‥‥ぎゅうぎゅう詰めの箱の中で、俺はみみずになっていた。