梟(74)

 ビルの屋上から下を見ていた。
 林立するビルの間を、連なった車がのろのろ動いている。空はもう灰色に暮れかけているが、私は今日も会社に居残りだ。
 この一年ばかり仕事が忙しい。毎日十時まで残業して、終電に乗って家に帰る。十一時に風呂に入り、晩飯を食って寝る。明くる日は七時に起床だ。
 遠くに、夕陽に包まれた森が見える。黒い森に向って鳥が飛んでいる。あの鳥たちは、これからねぐらに帰るのだろうなと思うと、涙が出そうになった。
 このところ、何もかもが厭で、気持ちが乗らない。仕事もはかどらない。いっそここから飛び降りて死んでしまいたい。でなければ、あの鳥になりたい。
 いつか無意識のうちにフェンスをよじ登っていた。向う側に飛び下りながら、身体が軽いのに気がついた。全身がふっくらとした柔らかい羽毛に包まれ、腕の先についた翼で空気を叩いている。

 これまで味わったことのない開放感に包まれながら、私は宙を舞った。隣のビルまで飛んで行き、またその先まで飛んでいった。
 しかしもう家に帰る時間だった。省線電車の灯の上を、不器用に羽ばたいて、しばらく飛んで行くと、いつか我が家に戻っていた。
 門にとまり、垣根にとまり、周囲を回って、高い松の梢にとまった。
 ほっほうと鳴いた。家族に向ってー帰ってきたぞと云った。だが明るい家の中では、みんなテレビを見ていて、私の声は届かない。
 隣にいくと、おばあさんが窓の外を見て、
おや誰だいーと驚いた顔をした。
 私は悲しかった。涙を流しながら、長いこと彫刻のように家の屋根に止まっていた。
 私は梟になっていた。‥‥私は茶色の羽根を広げ、ほうほうと低く鳴きながら、暗い森を目指して飛んでいった。