やもりと蛾

 
 日が落ちるとどこからか出てきて、窓の外側にぴったり張り付いている。やもりは、四本の短い足の、生まれたての赤んぼうのような五本の指を広げ、丸い吸盤でそのぶよぶよした体を支え、柔らかい体のすみずみから集まってくる体液にのどを膨らませて、じっと闇の向こうをにらんでいる。時々頭をぶるぶる震わせるのは仲間を傍に寄せ付けない信号。彼は孤独な精神の持ち主で、夜の窓辺でひとり蛾を狩っている。
 夜の蛾は、明かるいほうへ向かって飛んで来る。蛾はやもりを意識しない。彼はただ灯に向かって飛び、それをやもりが捉える。なにも知らない蛾は、ひたすら明かるい窓を目指して飛んで来て、その結果、命を失う。
 やもりと蛾。この関係は捕食者と被食者の関係といえるだろうか。やもりは蛾を待ち構えているが、蛾はやもりを意識することはなく、やもりへの恐怖もない。食べられる蛾にとって、やもりは降って湧いた災難のようなもので、この不運は予防できるものではない。
 それにしても蛾は、なぜ灯に向かって飛ぶのだろう。灯には、蛾を惹き付ける麻薬のような魅力があるのだろうか。どこまでも続く闇の中のかすかな光には、命を投げ出すだすだけの意味があるのだろうか。結局は、窓ガラスにさえぎられ、光源には行き着かないのに。蛾が夢を追い求める少女としたら、さしずめ、やもりは女を食い物にする残忍な女衒だろう。
 ガラス窓の外。羽ばたく獲物に向かってやもりは走る。やもりの尻尾が別の生き物のようにくねる。