凧(82)

kuromura2008-10-19

 それは今でも、壊れかかった農家の納屋の土壁などに架かっているのを、ときたま見かける。
 材料は紙と竹と糸。斜めに組み合わせた二本の細い竹の先を糸でぐるりと囲み、太陽や動物や人間の顔を描いた障子紙を張ったものだが、その紙も大抵破れてしまっている。
 昔使われていたときの名残の糸が竹の先にぶらさがっていることもあるが、もう用はなさない。風が吹いてその糸が何かにからまったりすると、からだ全体を震わせて、びびびびと声をたてる。
 凧と呼ばれるそれは、五十年ほど前まで、田舎の空き地や川の土手などで景気良く上がっていたが、近頃はさっぱり見かけない。

 とある村で、子供が行方不明になる事件があった。その子は、妹と祖父母の家で冬休みを過ごすために、両親が働く都会から遊びに来ていたもので、まだ、小学校三年生の男の子だった。
 その日、男の子は、家から持ってきたゲームにも飽きて、古びた田舎家を見て回るうち、ふと、長押の上に架かる凧に目が止まり、祖父に扱い方を教わって、外で上げ始めたが、庭では風がない。
 そこで、妹と裏手にある川の堤防まで行って、上げていたというのだが、それから間もなく居なくなったという。
 一緒に居た妹の証言では、お兄ちゃんが空を走っていたというのだ。 
 凧には、白い翼を生やした黒馬が描かれていたというが、風が強かったその日以来、男の子の行方は知れない。
 かって、子供は風の子と云われ、正月など寒い時期にも、近所の子供が集まって、戸外で遊んだものだが、テレビゲームなど、室内の娯楽に事欠かない昨今、子供たちには、凧などは、過去の面倒な遊び道具としか映らないのだろう。