夕焼け(81)

 その子供は、机の前に坐ってぼんやりしている。あたりの空気は固まっていて、後ろから近づいて声を掛けるが、どこか遠い世界に出掛けてでもいるように動かない。やがて、その子の肩の肉がぴくりと震え、振り向いた顔は涙に濡れている。
「どうしたの。また虐められたの」
 金子みすずは、みんな違ってみんないい、と詩っているが、あれは理想だ。まわりと違う子供は、すぐに虐めの標的になる。 
 校庭を、白い猫がゆっくりと歩いているのが窓から見える。
「ほら、見てごらん、君の猫だよ。遅いからもう帰りなさい」
 家はすぐ近くだが、両親はまだ帰っていないだろう。しかしもう夕方だ。 
 子供はぐずぐずと、靴箱から靴を出して履き、そっと校庭に出る。
「みい、みい」
 ちりりと鈴がなって、 
「おわああ」
 猫が戻ってくる。子供は、懐に抱きあげて頬ずりするが、猫はすぐ滑り降りて、木陰の薄闇に吸い込まれていく。
「かえっといでよう!」 
 薄闇に向かって子供が叫ぶ。 
「かえっといでよう!」 
 猫は生まれながらの孤独な放浪者。そして子供は家に帰っても、話す相手もいない。

 ああ、真っ赤な夕焼け。あれは何だろう。みいの顔が空一杯に広がって、おわわあと哭いているんだ。みいは魔物になったんだね。猫の口の夕焼け。燃えろ、燃えろ。夕焼け燃えろ。みいだけが分かってくれる。
 ひとりぽっちな子供は、かっと開いた魔物の口のような夕焼けの中に立っている。
 赤い雲たなびく空に、鳥や虫忙しげに飛び交って、夕陽が学校の壁を真っ赤に染めている。