愛国歯車(70)

 テレビの画面で男が話している。遠い国の首相が、手振り身振りをまじえ、懸命に演説している。私は腹ばいになったまま、それを聞いている。
 この世界では、金本位主義が蔓延して、物を売る市場を広げようとする者たちであふれている。自分の欲望のために、地盤を拡張しようとする者たち。自分の名声のために他人を踏み台にする者たち。
 一方、自分の外に価値を見い出す人々もいて、世界は、神のために生きる者と自分のために生きる者とに、二極化している。
 自分のために生きるものが、資本主義の帰結として、弱者から搾り取る。そして差別が生れ、テロが発生する。
 イスラエルハマスヒズボラアメリカとビンラデイン=アルカイダ、体制を守る者と体制を破壊しようとする者。肥った資本主義は罰を受けている。
 一方、テロリズムの精神至上主義も恐ろしい。偏狭な愛国心に支えられた国も恐ろしい。どっちにしろ、人間は神ではない。肉体を持ったまま神にはなれない。

 目の前のたたみが波打って、私は大海原を漂っている木の葉のようだ。
何本もの電気コードが海蛇のように、ぐねぐねまわりを泳いでいる。
 テレビの中でフセイン大統領が演説している。男はすでに殺された。
 死んだ男がテレビの中で喋っている。もう、世の中に益も害も及ぼさない、過去の英雄。急に、男の顔が女のブット首相に変り、ついでブッシュ大統領に変り、胡錦涛国家主席に変った。偉大なニュースの主役たち。
 私は、茶の間でテレビを見るだけの存在。小さな歯車にもなれず、世の中の動きにも関係しない‥‥とうに死んだ人間だ。
 窓から西日が差し込んで、あたりが真っ赤になった。