杉林(24)

kuromura2005-11-03

 林の中は暗く、雨上がりのようにじっとり湿っていました。うっすらとした月明かりの中で空を指して立っているその杉の林は、誰かが定規かなにかで真直ぐ平行な線を描いたようで、杉の部分は黒く、そうでないところは白く、そして、遠くになるほど霧がかかったようにぼやけていました。
 平行にびっしり並んだ格子模様を眺めていると、いつか見た奇妙な絵を思い出します。 それは上半身を木の間から覗かせている男の絵で、男の残りの下半身は、描き忘れたように、あるべきところに在りません。それは不思議な絵でした。もしかしたら、格子模様自体に光線を屈曲させ、そこに在るものを見えなくする働きがあるのかも知れませんが、多分、それこそ、目の錯覚と言っていいのでしょう。
 平行に並び立った杉の間を何かが飛んでいます。青い光のような物で、杉の影から現れ、次の杉の影に隠れます。すばしっこい奴で、眼を凝らして見るのですが、見当もつきません。不意に思いもかけない所から顔を出し、隣りに飛び移るのです。
 最初はむささびかと思いましたが、どうやら猫のようです。急に、そいつが空中で立ち止まると、こっちを見て「にゃあ」と鳴きました。そして、薄く消えかかりながらだんだんこっちに近づいて来るようです。 
 キャロルの「不思議な国のアリス」では、猫の顔が空中でにやりと笑って消えていきますが、、ずっと怨みがましい感じのフラッシュの連続です。
 ふと、指に冷たいものが触りました。びっくりしたはずみにぎゅっと指を握りしめると、そいつは、丁度ところてんを掴んだような感じで、つるつると半分砕けながら、後を振り返りながら逃げていきます。
 にゃあという声がして、少し離れた暗みに顔が浮かびます。目は青く、開けた口も青いのですが、やはり形は猫。なんだか猫の幽霊のようです。