バランス(18)

私のいきつけの喫茶店のマスターは変わり者。今日も店は常連の女性に任せて昼飯を食いに出かけている。
 いつものことなので、苦笑しながら、スタンドのぎいぎい鳴る椅子に掛けて、女が煎れてくれたコーヒーをすする。
「出たのかしら、パチンコ」
 カウンターの中の女が呟く。
「え、マスター昼飯じゃないの」
「はまってるの、この頃。お客の入りもぱったりで、経営も苦しいのによ」
 と、なぜか店の状態にまで言及する。
 店内には、音量を下げたクラシック音楽が静かに流れている。
 カウンターの傍には奇妙な鳥の形をしたハンガーがあって、人形とか飛行機が微妙なバランスでぶら下がっているが、時々、空気の流れが変わるのか、はずみで全体がおおきく揺れ動いて、まるでサーカスでも見ているような気になる。
「パチンコも、数字が出会う空中ブランコみたいなものだろ」
「でも、空中ブランコは練習でうまくなるでしょ。パチンコはその日の運よ」
「その日の運で、勝ったり負けたり。で平均して儲けているのかね」
「どうもそのようなの」
 入口のドアが開く音がして、ハンガーが大きく揺れた。紙の飛行機がぶるっと震え、ピエロの人形がぐるりと回る。
「いらっしゃい」
 帰ってきたマスターが仕切りの向こうに立ってにやりと笑った。
「どう、運命の女神は」
「ふふ、すべてはバランスですよ」
 妙に確信に満ちた声が返ってきた。
 しかし、この世のバランスはどこにあるのか。私はその夜から運を失ったのだ。