髭(15)

 いつの頃からか、私はサルバドール、ダリのようなひげを伸ばしている。
 ダリは、御存じのように、スペインのカタルーニヤ地方で生まれたシュールリアリズムの画家で、その奇矯な言動、なかんずく特徴のあるひげで知られている。
 私がなぜダリの髭を模したか‥‥それは小さい頃から兄にコンプレックスをもって育ったからである。ダリは自分の生前に亡くなった兄の名前を受継がされたのだ。
 私の兄は、父の葬儀のあとですぐ相続の話を持ち出すような男だ。秀才だが非情な人間で、いかなる場合でもことさらに冷静な判断をくだそうとする性向がある。 
 現に、その時もそうだった。
 兄がたまたま家に訪れた時、突然、地震が起きたのだ。激しい横揺れである。兄は私がコードに足を取られて転んだのを見て、せせら笑っている。自分は柱に寄り掛かったまま足を投げ出しているのだ。
 私は自分が冷静さを失ったのを恥じ入りながらも、思いついてテレビをつけてみた。
 テレビのブラウン管では、しばらく砂あらしが続いたが、あとはなぜか画面が逆さまになっていて、地震のニュースもなく、逆立ちしたミッキーマウスがこの画面を正常に直すにはなどと云っている。
「馬鹿にしてやがる」  
 と、私は口走った。
 兄がにやりと笑った。
「機械も故障なら持ち主もか」
 兄は、テレビにことよせて、いつもの伝で私をけなしたのだ。
 私は鏡の前に立っている。このひげは絶対に剃るまいと思う。
 そう思いながら鏡を見ていると、心の中まで読めるのか、傍にいる兄も、そうだなと相づちを打っている。