山桜(100)

kuromura2010-04-02

公園で桜が咲いている。近くで見る花弁は綺麗だが、離れると、桜は全体としてくすんだ灰色の布に見える。うす桃色の斑が広がって見えるのは遠くの山の桜だ。公園の桜の木の下に座り、春がすみが漂う景色を見ていると、なんだか頭もぼんやりしてくる。
 向こうの木の下で騒いでいた企業の団体が居なくなって、あたりが静かになった。もうそろそろ暮れ方だろうか。私はあくびをして立ち上がった。
 公園の出口に近い山桜の木の下に、母子の一組が座っていた。野点だろうか。赤い毛氈の上に火炉を置き、お湯を沸かしている。
「どうぞ、お寄りになりませんか」
 声をかけてきたのは母親の方らしい。娘の方も柔らかな笑顔で振り向いている。
「お茶ですか、でも」
「どうぞ遠慮なく、桜餅もありますよ」
 この人たちは見ず知らずの人間に声をかけて平気なのだろうか。
 お茶も正座も苦手だなと思いながらも、勧められるまま、私は、しぶしぶ毛氈の上に座った。
 娘が、火炉の上にかけた湯煎からお湯を小さな椀にそそぐ。母親の方はその所作をじっと見守っている。ひとつの儀式的な作法なのだろう。
 やっとお茶が差し出され、一口飲んでみる。
「うまい」思わず口に出た。
「そうでしょう、こうして飲むお茶は格別なのですよ」母親の方がいう。
「桜餅もいかがですか」
「戴きます」
 甘い香りがする桜餅を食べながら、いつか、初めの緊張も遠慮の気持ちもほどけていった。あたりは暗くなっているが、外灯の明かりが私たち三人を照らしている。
「この近くにお住まいですか」と聞いてみた。
「ええ」と二人して笑う。なんだか懐かしい昔の知り合いにでも再会したような気分である。
「あの、私たちあなたをよく存知あげているのですよ」
「えっ、そうですか」
 私は近所に住む人を思い浮かべてみたが、思いつかない。ではこの公園で会っているのだろうか。
 しばらく雑談をして、席を立つことにした。公園の入り口で振り返ると、外灯の円い明かりの中に、ひとつは大きく、ひとつは小さい二本の山桜の木が寄り添って立っている。それは仲のいい親子のようである。