グリフィン(99)

kuromura2010-03-15

 長い時間眠っていたような気がする。気がつくと、なにかあたりの様子がおかしい。おれは高い台座の上に座っていて、すぐ脇の階段を絶え間なく人が行き来している。後ろでは、ひっきりなしに、がらんがらんと大きな鈴の音がして、落ち着かない。
 いったいおれはどこにいるのだろうか。首をねじまげて後ろを見ると、日本の神社だ。何を祀っているのか知らないが、祭壇に向かって人間たちが拍手を打って、頭を下げている。
 なぜこんなことになったのだろうか。おれはこれまでのことを考えてみた。そもそもおれは、岩石のうちから、獅子の体に鷲の羽をもつグリフィンになる筈だった。それがどうしてこんな場所にいるのか。
 本来なら、西洋の寺院の守り神としてその入り口に座っていなければいけないのに、なぜ、こんな場所にいるのだろうか。はっとして階段の向こう側を見ると、犬に似たようなのが座っていて、ぼんやり口を開けて笑っている。
 あいつは獅子じゃないし、羽を持っていないし、グリフィンじゃない。とすると、対になっているおれも羽がなくて、あんな間の抜けた格好をしているのだろうかと考えていると、若い男女が近づいてきた。
「このコマイヌ、ちょっと変わってるね。ほら、ここのところの模様がさあ」
「へえ、なんだかまるで羽みたい。それに口が妙にとがってるよ」
などと云っている。とすると、やっぱり、おれには小さいながら羽があるのだろうか。鷲のくちばしを持っているのだろうか。それに、変なことをいってたけ、このこま犬とかなんとか。おれはこま犬なのか。
「おい、おれたちはこま犬かい」
対の相棒に聞いてみたが、相棒は笑ったまま答えない。愛想はいいが無口なやつだ。
 日が沈んで夜になった。夜になるとさすがに参拝客も来ない。相棒の狛犬は口を開けたまま眠っている。どこかで犬の遠吠えが聞こえる。日本の神社は深い森の中にある。ふくろうのほうほういう鳴き声が淋しい。
 おれは生まれ故郷のユーラシア大陸のことを考えていた。おれはインドで生まれ、エジプトやギリシャで育ち、エルサレムの王に仕え、アレキサンダー大王の馬として活躍し、その後王家の紋章にもなった。それが、こんな東の果てで犬に成り下がるとは。
 おれには3500年の歴史がある。だが、この国の歴史はせいぜい2000年。それも、自分で文化を創ってきたわけではない。最初は中国の、明治維新以後は西洋の文化を新しがって利用しただけじゃないか。文字も思想も技術も結局はただの猿真似に過ぎない。もし、猿真似ではない文化があるとしたら、それは、江戸時代、鎖国の200年だろうか。でも、もしその時代に狛犬の原型ができたとしたら、おれはいったい何だろう。 
 さっきから小雨が降っている。そろそろ、明け方だが、それにしても、この国のじめじめした湿度は性に合わない。また、今日も大勢の参拝客の目に晒されるのかと思いながら、足元に目をやると、台座は濡れて、早くも緑色の苔が這い上がってきているではないか。