自転車に乗って(66)

kuromura2008-03-13

 堤防は一面の菜の花。たちこめる菜の花の幸せの匂い。黄色い菜の花の中でペダルを踏んでいる。自転車のろのろ、ふらふら。別に用事があるわけではないから、のたくるように進んでいる。堤防の道を漕いでいる。
「菜の花や、月は東に、日は西に」なんて。
 こうしていると、時間というものがどこか遠くに行ってしまって、私自身の肉体は小さく小さく、豆粒のようになって、無限の黄色の世界に溶け込んでしまいそうだ。
 もっとも、このこせこせした卑小自意識というやつは視覚とは関係ないから、勝手に先の方から、ふっと、あらあこんにちはーといった具合に現われて、じゃねまたーと姿を消してしまう代物で、たわいもない。
 とぶつぶつ呟くうち、突然、今にも倒れそうな眼鏡のおじさんが現われて、荒い息つきつき走り過ぎる。前方が踏み切りになって、ちん、ちん、ごう、ごうと、風を切って整備新幹線の電車が通る。ああ、かくして菜の花道が途切れ、無限が消える。
 堤防を降りると、そこはもう町中。自然と文化が調和した田園都市とはいみじくも云ったもんだ。
 自転車にのって歩道を行けば、喫茶店に本屋、時計屋、洋品店‥‥‥‥銀行だけはもうシャッター下ろしてる。
 大安売りの肉屋の前には人だかり。沢山の人の行列の間を迷子の犬がうろうろ。頭を上げてうろうろ。
 夕日はあかあかと、花屋の前を人が通る。おとこ、おんな、二三人…四五人、行きつ戻りつ歩いている。
 果物屋の奥に、ぽつんと、女の人の白い顔。ああ ここはどこか‥‥遠い昔の昭和の町並み。
 
 通りは短く、先きは長い。やれ、自転車が揺れる。ごとごと、ごとごと。歩道もゆらゆらーいったいこの自転車、私をどこへ連れて行くんだろうか。