地下(31)

 交差点の手前で立ち尽くしていた。周りは高いビルばかりで、どっちに行ったらいいのか判らない。
「いやはや、この埃と騒音はどうだ」
 ちょうど冬の季節で、寒風が吹き荒ぶ中あちこちで建設工事があっている。
「参ったな」
 信号はまだ変らない。とにかく寒い。ふと、脇に目をやると、手すりのついた階段があり、下から温かい風が吹いてくる。
 どこに出るのか判らぬまま、ほの暗い階段を下りて行った。幾重にも折れ曲がる階段を下っていくと、急に広い所に出た。そこは地下の商店街で、行き交う沢山の人でごったがえしている。
 マネキンを置いた婦人洋装店。謝恩セールの雑貨屋。もうもうと白い湯気を吐き出している饅頭屋。ひとだかりがしている本屋、スタンドのある喫茶店‥‥。
 車の渋滞と建設工事の騒音に満ちた地面の下に、こんなにほの温かい活気に満ちた秘密の通路があるとは‥‥。
 なんだか急に嬉しくなって人をかき分けて前に進んでいった。 
「おい」
 突然後ろで声がした。振り向くと、黒い毛のもぐらがいた。ひげを振り立てながら上から見下ろしている。
「ここから先へは行けないよ」
 辺りは妙に薄暗くなり、商店街も通行人も消えて、ただの穴ぐらになっていた。
「ありゃりゃん」と言った。
「これから先は俺たちの居住区だよ、おまえはあっちから来たんだろ、ほら」
 もぐらはシャベルのような手を振ってもと来た道を指した。
 そこには白蟻の行列が続いていた。小さい蟻たちは、それぞれ食べ物や子供を担いだり、引き摺ったりしながら、穴ぐらの通路一杯に這っている。そこらじゅうが湿っぽくて、甘ずっぱい匂いがしていた。