銀の角(32)

 この草原をどれほど歩き続けているのだろう。さっきまで降っていた雨が上がって、星は静かにまたたいている。
 我らは水の溜まった草原を歩いていた。うっすらと明るい空を時折綿のような薄雲が過ぎ、あたりに白い靄が立ちこめている。
 ここは囲いの中だろうか。草原のあちこちに羊たちが散らばっていた。白、黒、まだらの羊たち。羊たちは時折首をあげて我らを見る。我らの銀色の角を怪しげに見詰める。お前は誰だ、どこから来たのだ、と咎めるような目。彼等から見れば、我らは得体の知れない異端者だ。
 思えば、疫病の蔓延により、父祖代々の故郷を捨て、一族ちりぢりに旅立ってから、辿り着いた納沙布の岬で、地元の猿たちに襲われて父も兄も殺されてしまった。あの異変の折は、わずかに幼い私と数人の者が、隠れていた場所から磯伝いに脱出することが出来たのだ。
 ‥‥あれから数えきれない月日が流れていた。我らはどれほど歩き続けてきたのか。幾度同じ夢を見たことか。
 すでに草原の水は、みんなの足をぐちゃぐちゃに濡らしてしまった。今夜はいったいどこで眠ればいいのか。
 たくさんの星々が西へ流れ、やがて羊たちは向きを変えて動きだし、とどろく奔流となって、地平の彼方へ消えていった‥‥。
 突如、靄の中に、黒々と小高い丘が現れた。多くの岩々が重なる見覚えのある山。切り立つ岸壁の間を通って奥へと進むと、懐かしいかっての洞窟に着いた。
 朝日が射していた。我らは、洞窟の入口に立っている石柱に触れ、その一段と高い所にある懐かしい雄鹿の角を見た。
 それは、わが角と同じ祖先の印。我らは呻き声をあげて泣いた。‥‥ついに故郷に辿り着いたのだ。