君は知らない(79)

kuromura2008-09-17

 この世界にあるものは、目に見えるものばかりではないんだよ。耳をとぎすまして聞いてごらん。風の音や、水が波立つ音。鳥の声。薔薇が花開く音、地面の中で蠢く幼虫のささやきまで。君はすべてを聞き分けているわけではない。みんなを知っているわけではない。
 かたちあるものでも、そのすべてが見えるわけではない。明るすぎるもの、暗すぎるものを、君は見ることがないし、知ることもない。君が知っているのは少しだけ。 

 雨の季節の間ぢゅう、緑の魔物は、しゃれた縞模様の背広着て、かやつり草の茂みの奥で眠ってる。白い貝殻みたいなまぶたを閉じて、土砂降りの子守歌を聞いている。ーあおい、あおい、緑の底に、草の実いっぱい重くなれ、重くなーれ。
 やがて暑い夏が過ぎ、爽やかな秋が来ると、草の実たちは、軽い綿毛を身にまとい、雲になって一斉に飛び立っていく。さあ、そのころ、彼は何処にいる?
 かやつり草の茂みを、いくら探しても見つからない。‥‥‥緑の魔物は、風に揺れる樅の梢にとまって、懸命に口笛を吹いている。

 ほんとに君はいそがしい。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。緑の格子のスーツ着て、とんだりはねたり、春の野原でうかれてる。
 芋の葉ひかる夏の午後。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。広い葉っぱにほほづえついて、ざあざあ雨の歌を聞いている。
 高い空には秋あかね。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。風にゆれるもみのこずえで、ぴゅるるる、口ぶえ吹いている。
 いくら呼んでも出てこない。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。いちめんつもった雪の下、ほかほかぐっすり、春がくるまでかくれんぼ。