気泡(77)

 バスの中は男女の小学生でいっぱいだ。携帯の画面を見ながら騒いでいる子もいれば、黙って漫画を見ている子もいる。帽子の取合いをしている子もいる。通路の間を走り回る子もいる。  
「静かにしろ」 
 引率の先生が叫ぶ。
 ここの椅子は硬くて、長く座っていると疲れる。私が見ている植物図鑑が気になるのか、さっきから、右隣に座った長い髪の毛の女の子が、ちらちら目をやっている。
 左隣は男の子で、さっきから絵を書いている。怪獣の絵で、なかなかよく描けている。先生が回ってきて構図をほめ、色遣いを指導する。
「胴体、青を混ぜたらどうかな」
「これ、フリージアでしょ」
 右隣の女の子が話し掛けてくる。
「いや、これはひおうぎ水仙て云うんだよ」
「静かにしろ。騒ぐな」 
 突然、大きな声がした。
 振り返ると、バスの入り口に二メートルはあろうかという大男が立っている。
 全体がきらきら光り、顔にあたる部分が欠けて栓抜きのようになっている。
 静まり返ったバスの中に子供達の脅えた声が広がっていく。 
「‥‥‥‥バスジャックだ」
「静かにしろ、これはゲームだ」大男がしゃべった。
 張り詰めた空気の中に、突然、何かが投げ込まれた。
「ポン」と大きな音がして、みんな出口のほうによろけた。大男も転げた。先生が叫んでいる。
「みんな、外に出るんだ。出るんだ」
 バスが停まって、みんな次々に外に飛び出した。空一面にひろがる夕焼けだった。
 そこは‥‥無数の泡が立ちのぼる黄金色の世界だった。あたり一帯でふつふつと空気がはじける音がしていた。