故郷の夢(26)

kuromura2005-11-18

 都会の空に木枯しが吹きわたり、震える電線が憂鬱なスケルツオを奏でる。広告塔を揺する低い雨雲が、見る間にちぎれてぼろぎれのように飛んでいった。
 故郷の田舎へこれから帰るべきか、とある橋の上で息子は迷っていた。
 橋の向こうにぼんやりと人影が浮かび、一人の老人がよろめく足取りで通り過ぎる。あれは父、いや‥‥‥父にそっくりの老人の淋しげな後ろ姿。
 ああ、息子が見捨てた故郷。見果てぬ夢ゆえに息子は故郷の父母を苦しめた。いまさらどうしてあの温かい家庭に戻れよう。
 息子はマントの襟をかき寄せ、乾いた風が落ち葉を舞い上げる夜の舗道をゆっくり歩いていった。はるかな故郷にさようならと、心のうちで叫びながら。
 六畳一間の息子の部屋。家具はほとんど何もない、暖房のない部屋で簡単な夕餉を済ませて、息子は眠り故郷の夢を見る。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 長い年月が経ち、再び木枯しがかけめぐる日、故郷のあの柿の木は最後の葉を落とし天にそびえ立った。
 旅の息子が、ようやく故郷にたどり着き、昔のままの樹の下で、雲を眺め風の音を聞いている。
 すでに父母も亡く、ここで息子を待っていたのは、物陰から様子を見ている冷酷な「冬」ばかり。
 息子は幹に体を寄せて、目を閉じ、樹の鼓動を聞いている。やがて、樹液の通う導管の水音が、息子の心臓の鼓動と一緒になっていく。ゆっくりと、ゆっくりと。
 ゆっくりと、息子の肉体は樹の一部に変わっていく。あとは木枯しの中で眠るだけ。ただ眠るだけ。
 そうして、息子はもうどこにも行かないだろう。そしてこれ以上、自分を愛する者を苦しめることもないのだから。